微かに、笑う
ワタクシはワタクシの目的のために彼を利用するのです。
長年かけて手を加え、作り上げたワタクシの城に最近寄りつくようになった部外者がいる。
彼は栗色の痛み切った髪をしており、瞳は少々不自然なブラウンだった。
以前気になったのか誰かが聞いていた気がする。
確かその瞳にはカラーコンタクトが嵌められていた。
少々垂れ目気味のその瞳が、彼の人の良さを表すようにその表情を優しげにしていた。
その中身はその顔貌に似合わない程にドス黒く汚れてはいますがね。
言葉を選ばず会話することが出来るのは楽ではあるが、いつこちらに牙を向くか分からない。
今の内から彼のココロを掌握しておかなければ。
「やあゲーチス、久しぶり」
まるで級友に会ったかのような対応に絆されかける。
いったいこの若さでここまでの人心掌握術をどこで学んだのやら。
少々気になりはしますが、所詮その程度。
彼にはこれからも存分に働いてもらわなければいけません。
ワタクシの目的のためにも。
「ええ、お久しぶりですね」
「Nならライモンシティに行くって言ってたよー」
何が楽しいのかは分からないが、彼はにこにこと笑みを浮かべている。
時折何かを思い出すように吹き出す彼は、珍しく目に見て分かるほどに機嫌がよかった。
彼はしばらく一人で笑っていたかと思うと、突然ワタクシへと振り返った。
その表情は先ほどよりも暗い、うっそりとした表情。
「そう言えばゲーチス、ゼクロムはリュウラセンの塔にいるんだっけ?」
何故、この男がこのことを……!
一瞬、ワタクシの表情が固まったのが手に取るように分かったのだろう。
目の前の男は浮かべた笑みを更に深めた。
「あなたが、何故それを?」
「ふふ……企業秘密」
取り繕うように浮かべた笑みはきっと引きつっていただろう。
くすくすと笑みを浮かべる男に苛立ちを隠せない。
こうなったら、この男には最後まで付き合ってもらうとしようではないですか。
「シン、アナタにはこれからNの護衛をお願いしたいのです」
今までのような遊びのものではなく。
その得意の笑みで、あるはずのないNの逃げ道を塞いで。
バケモノがもしもの時に道を踏み外したときに、またレールの上に戻してもらうために。
ワタクシがそう告げた直後、シンはきょとんとした表情をした。
けれどもそれはすぐに消え、僅かに首を傾げてワタクシに問いかけた。
「ふうん……それはNの身をかな?それとも、万が一にも彼の理想が揺るがないようにかな?」
そう微笑みを浮かべた男に、やはり油断は出来ないと再確認した。