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bougainvillea

最近雲一つない空が飽きるほど続いていたのに、今日は珍しく厚い雲が空を覆っていた。灰色の濃くて重い雲。ぱらぱらとこぼれ落ちるのは恵の雨。

日課のようにしていた庭の花の手入れも今日は休みにするしかなかった。習慣で朝早く起きたというのに残念。花のためにも雨が降ることはいいことなのだけど、花をいじれないのとじめりとしたこの暑さは好きになれないなあ。店内はクーラーが効いて除湿も完璧であるが、一歩外に出るとすぐに首筋を汗が伝うほどだった。


「雨だとお客さんもこないし……花織君もお家にいるかな」


閑古鳥の鳴く店内でひとりごちて、はたと気づく。そう言えば花織君はどこに住んでいるのだろうか。

自分で花を育てていると言っていたし、庭付きのお家に住んでいるのは明らかだ。だってあんなにたくさんの種類の花を持ってきてくれるのだ。それなりに広い庭のはず。加えて毎日来てくれることから近くに……タマムシシティ内に住んでいるのでは……。もしそうだとしたら、花織君はもしやとてつもないお金持ちなのでは。都会に広い庭つきの家に住むなんて家賃が過ごそうだ。

悶々と考え込んでいると店のドアベルが優しく音を立てた。彼かと思って顔をあげれば案の定、花織君が花を片手に立っていた。


「あっ、こんにちはカズミさん」


きょろきょろと店内を見渡して誰もいないことを確認した花織君は、ぱっと花が咲くように微笑んだ。安っぽいビニールの傘を降って水切りをして。傘をきれいに畳んだ花織君の髪や服は湿っているようだ。雨に打たれたんだろうか。今日は朝から雨だったから傘を忘れるなんてことはないはずなのに。体が冷えたのか花織君はこんこんと数度咳をこぼした。風邪を引かないといいけれど。

傘立てにそっと傘をさした花織君はレジにたつ私の方へ近づいてくる。この間私があげた眼鏡もピンをきちんとつけられていて、なんだか嬉しくなってしまう。

花織君が今日持ってきてくれた花は、ブーゲンビリアらしい。鮮やかな赤が薄暗い天気によく映える。


「こんにちは花織君。今日も来てくれたんだね!雨で大変じゃなかった?」

「大丈夫ですよ!花はちょっと濡れちゃったんですけど……」

「花より君の方が濡れてるよ。待ってて、今タオル持ってくるから」


花が濡れないようにして持ってきたのだろうか。花織君の背中はぐっしょり濡れていた。眼鏡だって雨で濡れて見えにくいだろうに。今日は雨で花粉なんて舞ってないんだから外してきてくれてもよかったのに。律儀な花織君の言葉が、行動が、こんなにうれしいなんて。

店の奥から持ってきた白いタオルを花織君の頭に被せれば、花織君は嬉しそうに笑ってお礼を言っている。水滴がこぼれそうな髪を拭っている花織君からブーゲンビリアを受け取り、またいつもと同じように花瓶にさした。またいちだんと鮮やかになった気がする。


「花織君は紅茶飲める?」

「えっ!はい多分!」

「多分なの?」


丁寧に眼鏡のレンズを拭いている花織君に尋ねて見れば、あわあわとした様子でそんな返事が帰ってきた。自然とこぼれる笑みをそのままにして話を進めると、どうやら花織君は紅茶を飲んだことがないらしい。またそれも珍しいなあ。

飲んだことがないなら癖のないものがいいんだろうか。こんなに真剣に紅茶を選ぶのは初めてだから少し緊張する。

ふと、花織君が持ってきてくれたブーゲンビリアが目に飛び込んだ。赤い鮮やかな色。確かお店には赤紫色のブーゲンビリアもあったはず。


「ごめんやっぱり紅茶じゃないけどいい?」

「もちろん!お茶いただけるだけでうれしいです!」


使い終わったタオルを持ってきた花織君は、給湯室で赤紫色のブーゲンビリアを持つ私に首を傾げた。相変わらず素直な花織君にくすりと笑いながらブーゲンビリアを煎じる。鮮やかな色がお湯に移る様子を、花織君は目を向いて見ていた。

数分煎じて赤紫色になったお茶をカップに注いではちみつを垂らして完成。花織君へカップを渡せば、珍しそうに中身を覗き込んでいた。


「きれいな色ですね……僕、ブーゲンビリアがお茶になるなんて知りませんでした」

「ジャスミンとかは有名だよね。ブーゲンビリアのお茶は咳に効くらしいよ。民間療法らしいんだけどね」


こほこほと咳をこぼしていた花織君は驚いたように目を丸くすると、本当にうれしそうに目を細めた。眉が下がって、頬が薄紅に染まって、すこしだけ幼くなる笑み。


「ありがとうカズミさん」

「お茶はあんまり美味しくないかもよ?」

「カズミさんが僕のことを思っていれてくれたお茶ですよ?美味しくないはずありません」


ふうふうと何度か息を吹きかけて熱いお茶冷ました花織君は、そっとカップのふちに口をつけた。流れるようにきれいでていねいな動作が、素直に美しいと思う。

細い喉に浮く喉仏が上下して、鮮やかな赤いお茶を飲み干したことを告げる。ゆっくりカップを口から離した花織君は、優しく優しく微笑んでいた。


「ほら、やっぱり美味しい」


花粉が飛んでいないからか、目は充血していないし、声もいつもより透き通っている。顔に乗る笑顔は普段と同じなはずなのに、何故か違って見えて。私は花織君に、風邪引かないようにね、としか返せなかった。

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