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linaria

太陽が真上に上がって、一日の中で最も気温が上がる頃。客足が暑さで遠のいて、毎日忙しい中の少しだけ空いた時間。花織君はそんな時間を上手に見つけて訪ねてくるようになった。

からんからんと、穏やかに軽やかに鳴るドアベルの音。まるで花織君の性格そのものを表しているように優しく店内に響き渡った。きょろきょろと中を見渡して、私しかいないのを確認すると、まるで花が咲くように口元を綻ばせる。そんな素直でまっすぐな彼が、かわいくないと言ったら嘘になるだろうな。


「こんにちは、カズミさん」

「こんにちは、花織君」


嬉しくなって思わず手を振れば、花織君は素直に私の近くまで歩み寄る。さらさらと長い前髪が揺れる。にこにこふわふわしてるけれど、背は思ったよりも高かった。

彼が今日、白い紙に包んで持ってきたのはリナリア。


「今日はリナリア?いつも言うけどきれいだね、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」


お互いにありがとうを言い合う光景に、くすりと笑みがもれる。いいなあ花織君。いつも朗らかで優しくて。

花織君がくれた花を活けていた花瓶は、居間からお店に移すことにした。レジの横を彩る様々な種類の花。お客さんもきれいねと褒めてくれるし、何よりこうして来てくれる花織君が、活けられた花を見て嬉しそうに笑うのを見るのが好きだ。今日もらったリナリアも少しだけ手入れをして、花瓶にそっとさす。またひとつ鮮やかな色が差し入れられて嬉しくなった。


「私、花織君の持ってきてくれる花、好きだなあ」

「えっ」

「なんか、こう、うまく言えないけど、大事な思いを運んできてくれてる感じがして」


ちょんちょんとリナリアを触れば、ほのかに漂う花の香り。いい香りに目を細めれば、花織君は何か言いたげにそわそわと体の前で指を組んでいた。


「花、だけですか」

「うん?」

「僕の持ってくる花だけですか、好きなのは。僕は、僕はカズミさんのことを思って花を、持ってきてます。僕は、カズミさんが、ふぁっくち!」


ぽつんと落とされた言葉のあとに、花織君はなんどか突っかかりながらも懸命に声を上げ続ける。時々鼻をすする音がしたからそろそろくしゃみが出るかと思っていれば、案の定最後の最後で大きなくしゃみが耐えきれずに飛び出た。ぐすぐすと鼻をすする花織君に、最近常備し始めた肌に優しい柔らかいティッシュを差し出す。


「……大丈夫?」

「う……ぐすっ……だいじょうぶです……」


すんすんと鳴る鼻をかみながら、鼻声でお礼を言う花織君。はながゲシュタルト崩壊しそうだ。

やっぱり用意してよかったかもしれない。気を使わせてしまうかもと思ったけれど、花粉症が酷そうな花織君は見ていられないもの。アレルギーの原因物質そのものな花屋に来てくれる花織君は、本当に優しい子だな。


「花織君」

「?どうしましたかカズミさん」

「今日は私からもプレゼントがあるの」


色気も何もない白いビニール袋を花織君の右手にしっかり持たせる。何がなんだか分からないのか、私とビニール袋を交互に見比べる花織君に、開けてみてと笑って言う。言う通りにがさがさとビニール袋に手を突っ込んだ花織君は、きょとりと首を傾げた。


「……めがね?と、目薬と、鼻炎の薬、マスクにヨーグルトにバナナ?」

「さすがにレンコンそのままとか青魚を渡すわけにはいかなくてね」

「この中にレンコンに青魚!?」


まるで統一性のないプレゼントに、花織君はバナナを握ったまま困惑していた。正直に調べた限りの花粉症対策グッズを集めてみたと言ってみれば、花織君はぽかんとして固まった後、ぼっと火がつくように耳まで赤くなった。


「あ、ありがとうございます……!」

「いやいやいつもきれいなお花もらってるからね。お礼と言ってはなんなんだけど」

「嬉しいです!カズミさんからもらえるなんて!大切にしますね!」


可愛げのないスーパーの袋を大切そうに抱きしめた花織君は、プレゼントの中から赤縁の眼鏡を取り出すと早速かけてくれた。男の子だから黒にするべきかと思った花粉よけの眼鏡だが、花織君には何故か赤を選んでしまった。うん、でも、似合う。


「えへへ……似合いますか?」

「うん、似合う似合う!私の目に狂いはなかった……あ、そうだちょっと待ってて」

「?はい!」


目元にかかっていた前髪が、レンズにあたってぱさぱさと音を立てている。そう言えば前に一目惚れして買った花のモチーフがついたピンがあったのを思い出す。私には可愛すぎて似合わなかった、というより途中でつけるのを面倒がってその辺に閉まったままになっているはずのそれ。

カウンターをごそごそ漁れば案外すぐに見つかった。小ぶりの花だが安くは見えないはず。


「花織君、ちょっと屈んでくれる?」

「はい」


私の目の前までおりてきた花織君の前髪にそっと触れる。不思議そうにこっちを見ている花織君だが、私の好きにさせてくれるらしい。絡まないように指先で長い前髪を避けてピンで止めれば、花織君の目と至近距離で見つめ合うことになった。

赤く濡れた瞳。花粉症で充血してしまっているが、それでも。


「わあ……花織君、名前の通りきれいな顔してたんだね」


たっぷり三秒は固まった後、ぱちぱちと瞬きを繰り返して、花織君は屈めてた腰を勢いよく伸ばした。急に遠ざかる顔にびっくりしてのけぞる。


「花織君?」

「なんでもないです!!」


見上げた花織君の顔は、可哀想なくらい赤く染まっていた。

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