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geranium

私の朝は太陽が東の空から顔を出すのと共に始まる。

わざと窓より小さめのものを選んだカーテン。描かれたアイビーの濃い緑の間から、柔らかい朝日が顔を照らす。この時期ともなれば、あと数時間もすれば目もくらむほどの日差しが照りつけることだろう。今日もいい天気だ。

まとっていた薄いタオルケットを剥ぎ取って、冷たい水で顔を洗う。ぼんやりとした視界がクリアになって、ようやく目が覚めた心地だ。仕事にばかりかまけていて伸ばしっぱなしの髪を結わえて、私の支度は完成。さあ、今日もあの子たちのお世話をさせてもらわなければ。私の元気の源。私が手ずから育てた色とりどりの花達。


「おはようみんな!今日も元気いっぱいだね」


先代の店長さんから譲り受けたこの花屋には、併設して花を育てるための大きな庭がある。タマムシシティの一角にこれほどの土地を儲けることが出来るなんて、先代様は相当のやり手だったんだろう。それでも花に向ける愛情はひとしおで、店先に並ぶ花々はどれも美しかった。

私は花を育てることにしか夢中になれないから、前の店長さんのことは尊敬してばかりだ。どうして私にこんなに素敵なお店を譲ってくれたのかは、もう聞く事は出来ない。だからかより一層、あの人に近づくために花に一心になるのかもしれない。いや、花に夢中なのは幼いときから変わらないのだけれども。


「またカズミは帽子も被らず朝ごはんも取らずに花に恋してる」


しゃがんで土いじりをしていた私に影がかかったかと思うと、ばふりと頭になにか被せられた。視界が急に悪くなったことに驚いて土だらけの手で頭を触る。被っていた何かは、私の黒い帽子で。私の背後に立っていたのは従業員の心花ちゃんだった。


「おはよう心花ちゃん。早いね」

「あんたがそれ言う?どうせ夜明けといっしょに起きて花いじってたんでしょ。花には水をやるくせに自分は飲まず食わずで」


つんとそっぽを向いているけれど、私にかける言葉はどれも心配するものばかりだ。いつも悪いなあとは思うのだけれども、もう習慣になってしまっているのだから直せない。ごめんねといって一先ず作業を中断して立ち上がると、私より小さい心花ちゃんはじとりと私を見上げてきた。


「どうせまた明日もやるくせに」


私より私のことを分かっている気がする。

心花ちゃんの白い手がすっと伸ばされて、私の薬品や花の茎や刺で荒れた手をつかむ。ぐいぐいと有無を言わさず引っ張られるが、転びそうになることはない。心花ちゃんの頭で左右に揺れるポニーテールがかわいらしい。なかなか素直ではないが、どうしても優しい子なのだ、この子は。今だって家の中から朝食のいい匂いがしている。私に合わせて起きるのなんて朝が早くて辛いだろうに。


「幸也起こしてくるから、カズミは手を洗ってきて」


年下のはずの心花ちゃんが一番しっかりしているのは、やっぱり私が花にかまけると全てが疎かになってしまうからだろうか。情けないが、こうして怒られるのもなんだか暖かい気持ちになるもんだ。

はーいと間延びした返事を返せば、心花ちゃんは思い出したように私を呼び止めた。


「そう言えばまた届いてたわよ、花」


花瓶に指しておいたからと一言残すと、心花ちゃんは従業員仲間の幸也君を起こしに行ってしまった。リビングの、みんなでご飯を食べるときに使うテーブルの真ん中。それなりに大きな花瓶には鮮やかな花が生けられている。何故か最近毎日のように、一輪ずつ違う花が届けられている。昨日は店先に、一昨日は郵便受けに、さらにその前は玄関の前に。毎日届けられるものだから、花瓶も比例してどんどん大きくなっていく。不可解ではあるが、花に罪はない。それに届けられる花はどれもいきいきとしているのだ。とても悪い人が悪戯に届けているとはどうしても思えなかった。

今日増えていたのは黄色いゼラニウム。


「君を育てたのはいったいどんな人なんだろうね」


気にならないと言ったらうそになる。だってこんなに綺麗なのだ。育てた人を見てみたい。そんなことを思いながら、ゼラニウムの花弁をそっと撫でた。

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