海月の腹底 | ナノ

受け取った声の導くまま

あれからどれだけたっただろう。ぼくは今日もあのこを探しに湖にやってきた。あのこの名前を呼んで、大きな大きな湖を歩いて回る。時々水が跳ねる音がするけれど、やっぱりあのこは姿を見せてはくれなかった。落胆して、ため息をついて、家へ帰る。ぼくは何日、そんなことを続けていたんだろう。

ある日、お父さんに言われた。もう、諦めなさい、と。そんなこと出来るわけがないのに。あのこは水が苦手だから、きっと飛び込んだ先で怯えているに違いない。そのせいで、動けずにいるかもしれない。もしかしたら、湖のポケモンにいじめられているかもしれない。全部全部憶測にすぎないけれど、もしそうだったとしたら、ぼくが迎えに行ってあげなくちゃ。あの日の、大雨の日のように。


「雨……」


今日は朝から雨が振り続けていた。ニュースで見てみれば、この辺りは近年ない記録的な大雨になるらしい。川の近くは氾濫する恐れがあると、ニュースキャスターが緊張した声で告げた。


「迎えに行かなくちゃ」


あのこを。あのこは雨に酷く怯えるから。ぼくにとってはあのこと出会えたすてきな思い出でも、あのこにとってはひとりぼっちで雨に打たれ続けていたかなしい思い出なのかもしれない。最近やっと、そのことに気がついた。それならそうと、早く言ってくれれば。そうしたら無理に克服しようなんて言わなかったのに。いいや、ぼくが気づいてあげるべきだった。それなのに、ぼくはあのこになんてひどいことをしてしまったのだろう。

お父さんの目を盗んで、湖まで走る。走る。水煙を跳ねあげて、神聖な湖にたどり着いた。ポケモンたちもこの大雨で姿を消しているらしい。雨が草を、水を、ぼくを打つ音だけが静かに響いていた。


「出てきて!出ておいで!いっしょに帰ろう!」


懇願するように声を張り上げて、あのこを呼び続ける。怖いんでしょう?さびしいんでしょう?大丈夫、分かってるから。ぼくも同じ。君がいないと怖いよ。さびしいよ。だから、おねがい。

一歩踏み出した足が、ぐらりと崩れる。この大雨で地面がぬかるんでいたらしい。普段は問題のない湖の縁が脆く崩れて、濁った湖に引きずり込まれる。思ったよりも深くてうまく足が届かない。雨が激しく叩く音が遠く聞こえる。


飲み込まれたその先で、あのこの姿を見た気がした。

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