海月の腹底 | ナノ

届かない声の行先はどこ

あれからどれだけたっただろう。あのこは今日も湖にきた。ぼくのなまえを呼んで、おおきなおおきな湖のまわりをぐるりと回る。どこ、どこなの、とぼくを呼ぶ声がする。


「ここ、ここだよ。ぼくは、ここにいるよ」


あのこの目の前で、ぼくは精いっぱい叫ぶ。だけど、どうやらぼくは声すら水に溶けてしまったようで、あのこにはひとつも届かない。あのこに寄り添うように湖の端を泳いで付いて回るけど、あのこはぼくには気づかない。

ここにいるって、気づいてほしくて。がんばって水を蹴りあげて水面から飛びだすけども、あのこには急に水が跳ねたようにしか見えないらしい。ぼくが跳ねる度に、ぼくなのか、と問う声がむなしく響いて、そうしてあのこは落ち込んだようにためいきをつく。


「ぼくだよ。ぼくなの。今はねたのはぼくだよ。ねえ、きづいて。ぼく、ここにいるよ」


泡すら出ないのどじゃ、あのこに何も伝えられない。抱きしめてほしくて手をのばすけど、ぼくにさえそのてのひらは見えない。水になってしまったぼくは、どうして今も、こうして考えることが出来るのだろう。脳だって、きっと溶けてしまっているに決まってるのに。

いつか、このまま、全て忘れて、忘れられて、ぼくは消えてしまうのだろうか。こわい、こわいよ。たすけて。ここにいるの。ねえ、気づいてよ。そっちじゃないよ。ここだよ。ばしゃばしゃと水をはね上げても、あのこはふしぎそうに首をかしげるだけ。


水にはいってきた、あのこに手をのばす。のばした腕は、するりあのこを通り抜けた。とどくのに。とどかない。ぽろぽろとなみだがあふれて、溶ける。おねがい、きづいて。

これが、ぼくが叫びつづけたおはなし。

prev next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -