海月の腹底 | ナノ

あのこが残した端を辿る

あのこがいなくなった。まるで湖に溶けるように。忽然と。ぼくの目の前から。お風呂に入るのも、顔洗うのも、雨が窓を打つ音でさえ怖がるあのこが。まるで誘われるように湖に飛び込んだ。

いや、飛び込んだ、というよりは、沈んでいった、が近いかもしれない。静かに湖に消えるあのこは、まるで人魚みたいで。幻想的な光景に目を奪われた。踊るように軽やかに泳いだあのこは、水底まで潜ったのか姿が見えなくなってしまった。水に一滴落とした絵の具のように、徐々に徐々にその存在が薄らいで、消えた。 

消える、なんてありえないことだから、きっと耳のいいあのこがぼくの声を聞きつけて、ぼくに見つからないところに隠れたんだろう。そうに決まってる。だってあのこは隠れん坊が大の得意だったから。


「そこにいるんでしょう?分かってるんだよ。ねえ、出ておいで」


なるべく優しく。驚かせてしまったあのこを刺激しないように声をかける。しん、と張り詰めた空気があたりを震わせた。ああ、ここは、前にあの子に話した湖じゃないか。神聖な空気が、ぴりりとぼくを責めているようだ。

美しい湖には、さぞたくさんのポケモン達が住み着いていることだろう。それにも関わらず、辺りは不自然に静まり返っていた。まるで、ぼくに帰れと言っているようだ。ぼくの罪悪感が生んだ、ただの思い込みかもしれないけれど。


「ごめん、ごめんね。ぶったりしてごめん。怒鳴ってごめん。石を投げたりしてごめん。君の気持ちをかんがえてあげられなくてごめん。もう怒ってないから。だから、だから」


するりするりと口からこぼれるのは、あのこへの懺悔の言葉。言えなかった謝罪達。後悔しても悔やんでも、どれだけ謝ったって、あのこを傷つけてしまったことには変わりなくて。


「出てきて、」


なまえを呼んでも、おねがいしても、あのこは姿すら見せてくれない。太ももまで湖に浸かって呼んでもどこにもいない。頭まで水を被って探しても、あのこの一部すらも見当たらない。途方に暮れるぼくの目の前でぱちゃりと、水面で水が跳ねた。

これが、ぼくが後悔したおはなし。

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