ぽつりぽつりと染みいる
こつこつと、何かが当たる音がしていた。ささやくように、響きわたるように。こつこつ。こつこつ。と、途切れることなく。薄いかべを一枚はさんだ向こうがわから。音はぼくの耳をいつまでも、いつまでもふるわせていた。
こつこつ。こつこつ。
丸くうずくまるぼくのからだは、音がはげしくなるごとにふるりとふるえる。さむい。さむいよ。じぶんのからだを抱きしめるようにぎゅっと身をちぢめてみるけども、それでもさむさはおさまらない。むしろ、それはひどくなっているように感じた。
こつこつ。こつこつ。
こつこつ。こつこつ。
こつこつ。こつ、
ふいに、そう、ふいにその音はぴたりと止んだ。いや、止んだ、というのはすこしちがうかもしれない。さっきよりも、ぼくをたたく音がすこし、遠くにきえたんだ。えいえんに続くと思った音がすこし遠のいて、ぼくはほっと息をついた。
こわかった、のかもしれない。ずっとずっと、ひとりでここにとり残されるのかと思った。
ぱしゃりと何かをはね上げる音がして、ぼくはふわりと宙にういた。とつぜんのことにこわくなったけれど、宙にういてもすこしもぐらぐらしない。それに、とってもあたたかい。ぎゅっと、やんわり力をいれられて、その人はぬれたぼくを拭うように手をうごかした。
「可哀想に……こんな雨の中、忘れられちゃったんだね」
ちかくで吐息を感じるから、きっとほおをよせられているんだろう。ぼくもそっと、かべごしにほおをあてた。じんわり伝わるねつがいとおしい。はやく、このかべのむこうのあのこに会いたい。ぴしりと、なにかがこわれる音がした。
これが、ぼくとあのこのはじめのおはなし。
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