何を思う
助けなきゃ、助けなきゃ。あのこが死んでしまう。
でもどうしたらいい。ぼくのからだは溶けてしまっている。透けている。あのこをつかむ腕がない。誰かを呼ぶ声もない。ぼくにはただ、あのこの傍をゆらぐだけしかできない。
どうしたら、どうしたら、どうしたらいい。考えている間にもあのこはどんどん沈んでいく。伸ばした手がすり抜ける。ぼくの姿が霧散する。どうして、肝心なときに役に立たないの。
「おねがい、たすけて。だれか、かみさま……!」
今まで祈ったこともないかみさまにすがってみても、何も変わらない。ああ、ああ、ああ。どうしよう。どうしたら。あのこが、あのこが。
ふと、思いだした。ぼくがあのこに知らせるためにからだを跳ねさせていたこと。あれを利用すれば、あのこのからだを陸にあげられるかもしれない。今まで怖くて全力でできなかったけど。がんばったら、できるかもしれない。
「まってて。たすけるから」
するりとあのこの下に潜り込む。すぐにぼくをすり抜けていこうとするあのこを水を跳ねあげて押しとどめる。
まだだ。まだ足りない。もっと力を。
強く願った瞬間、今までよりずっとずっと力が湧いてきた。湖がきらきら光る。大丈夫。助けられる。
「たすけるよ。からだはいいの。このこをたすける、力を、ください」
あのこを包み込むようにして、水面を、陸を目指す。わずかに明るくなる外を目指しておよぐ。およぐ。はねあげたからだが、意識を閉じ込められなくなってはがれていく。でも腕だけは。この腕だけははなさないから。
大雨の中、ある湖に大きな大きな水柱がひとつ立ち上る。湖の傍には転がされるようにして、ひとりの少年が眠っていた。
その少年に、きらきらと透明な水滴が降り注ぐ。地面に、少年の服に染み込んで、そっと消えていった。
「きみは、それでよかったんだね」
青い湖の主が悲しそうに呟いた。
おしまい
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