海月
やっとあのこを見つけることが出来た。思った通り、今にも零れそうなほど目を見開いて、細い指先が、長いまつ毛が、ゆらゆらと震えていた。どうして、とゆらぐくちびるが告げる。
「大丈夫だよ、もう怖くないよ」
吐き出した言葉は、ちゃんとあのこに届いたかな。届いただろうな。あのこはとても、耳がいいから。ゆるゆると口角を引き上げて笑う。あのこはどんどん上へ上へ、水面へと登っていく。よかった。あのこは溺れずに済んで。
ずるずると登っていくあのこが、ぼくに手を伸ばした。水に透けるようなあのこの手が、きらきらと光っている。ぼくの指先をすり抜けて、てのひらにひやりとした感覚が走る。まるで水そのもののようだ。あのこの姿がゆらりとぶれて、きゅっと引き締められた唇が震えている。
「まって、まって、いかないで、おねがい、つれていかないで」
水の中だというのに、あのこの声ははっきりとぼくの耳を揺さぶった。しずかに、それでも届くように。願うように、宣誓するように。
湖が淡く光った。気がした。
「あのこをたすけられるように、ぼくに、からだをちょうだい」
首に回されたあのこの白い腕が、ぎゅっとぼくに絡み付いた。冷たいけれど芯はあたたかい。ぼくより小さいあのこのからだが、ぼくをしっかりと支えた。
近くで見えたあのこの顔は涙で濡れてなんていなかった。
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