Lip! | ナノ

01


「今までありがとう……!」


深い紫色の瞳から溢れた涙が、ユリの滑らかな頬を伝う。その雫は地面に落ち、染み込む前に光の粒となって淡く消えて行った。よく見てみれば、ユリの足先からも光の粒が上へ上へと舞い上がり透けて消えて行っている。


「ユリ!!」


悲痛な相棒の声に、ユリの流す涙が勢いを増した。ぼろぼろ。ぼろぼろと。ユリも彼も、お互い前が見えない程に後から後から涙が溢れ出す。それでもユリは、精一杯唇を持ち上げて、一生懸命笑顔を浮かべた。


「大好きだよ、キセキ」


その言葉を最後に、彼女の存在はこの世界から欠片も残さず消えてしまった。空高く消えていこうとする光を掴もうにも、それはするりと掌を逃げていく。




「後には、咽び泣く声がずっとずっと響き渡っていた……と」


最後の句点を打ち込み、エンターキーを押して、ようやく完成した。書き始めてから二年と少し。わたしが考えた物語が完結したのだ。少し寂しいような。でも完結できたことが嬉しいような。なんだか不思議な気持ちだ。
もう一回読み直して、変なところがなかったら更新してしまおう。いつもは大抵一日は寝かせるのだが、今日は興奮しているみたいだ。早く更新してしまいたい。
実は次に書く話もうっすらと考えているのだ。今度は世界観もがらりと変えて、心機一転するつもり。新しい話を考えるときは、何だかいつもわくわくするんだよなあ。今度はあの子を出して、そうそうあんな場面も書いてみたい。ずっと温めていたんだ。書き始めるのが楽しみで仕方ない。

空想の世界にゆったりと浸かっているわたしに、階段下からお母さんが呼びかける声が聞こえた。わたしの部屋は二階だから、めんどくさがりのお母さんはいつも大声を出す。


「未子ー!ごはんよー!」

「はーい!今行くー!」


どうやら更新はもう少し後になりそうだ。パソコンをスリープモードにして、駆け足で階段を降りる。
リビングに飛び込めば、ソファに座ったお父さんがテレビのチャンネルを変えていた。テーブルを見れば、まだ箸や取り皿などは並んでいない。ずっとリビングにいたのなら準備くらいしてくれてもいいのに。
内心むっとしながら箸を並べていると、お母さんが小声で話しかけてきた。


「未子、お父さんより先にお風呂入りたいならごはん食べたらすぐに入りなさい」

「はーい」


ほんとはすぐパソコンに飛びつきたかったけど、仕方がない。お父さんを呼んで、今日の夕飯だ。固めに炊かれた白米に、豆腐と油揚げの味噌汁。豚肉が入った野菜炒めに、マヨネーズであえられたポテトサラダ。
いつもと何も変わらない、お母さんの料理に手を伸ばす。食べ慣れた味は舌に馴染み、自然と次へ次へと口へ運んでしまう。八分目までお腹に収めて、手を合わせた。


「ごちそうさま!」

「もういいの?」

「うん!お風呂先に入るねー!」


使った食器を水につけ、着替えを手に取る。シャワーの蛇口を捻って汗を流せば、大して運動もしていないのにさっぱりとした気持ちになった。
湯船に使って、ぐっと手足を伸ばす。湯船の縁に頭を乗せて考えるのは、自然と創作のことだった。浮かんでは消えるアイディアが楽しくて仕方ない。
それでも温かいお湯の中で考え事をしていると、うとうととまぶたが重くなってくるのがわかる。のぼせない内にあがらなければと思うけれど、思うより気持ちよすぎて動きたくない。
それでも無理に体を起こして立ち上がる。少しだけ立ちくらみがした気がした。ぎゅっと目を閉じて少し立ち止まる。目の裏がかっと赤く染まるが、少しするとさあっと血が降りていくのが分かる。
さあ、さっさとお風呂を出て続きをあげようとまぶたをあげるその一瞬。


「え、だれ、」


紫色が見えた気がした。

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