花曇りの空 | ナノ

10


テーブルに三つ、仲良く並べられたモンスターボールに、ミナトは一つため息をついた。
三つの内の二つからは穏やかな寝息が響いている。
ミナトはそのボールの中で、未だにそこに戻らず空のままのボールを指で突く。
家主が戻らないボールは、抵抗なくテーブルを滑るように進み、残り二つのボールにぶつかった。
動きを止めたこのボールは、三年前から使われていない。
彼は頑なにボールに戻ることはしなかった。


「まだ起きていたのか」


ボールを指先で弄んでいたミナトに、世羅は驚いたように大きな瞳を更に見開いた。
そして、ミナトの指の先にあるボールに目を止めた世羅は誤魔化すように小さく苦い笑みを浮かべた。
そっと、ボールの中で眠っている二人を起こさないようにミナトに近づいた世羅はミナトから少し離れた所で足を止めた。
椅子に座っているミナトの、ちょうど向かい側に当たる部分で。
わざと遠くの方に、世羅の目の前に置かれている辞典を、世羅はそっと抱え上げた。


「名前、決めていたのか?」

「まさか」


名付け辞典と書かれた表紙を指先で撫でる世羅の言葉を、ミナトはあっさりと切って捨てた。
思わずと言ったように弾いたボールは、あっさりとミナトの指先を離れていってしまった。
追いかけることもせず、ミナトはじっとボールの行く先を見送る。
ボールは世羅の目と鼻の先でゆっくりと動きを止めた。


「名前なんていらない」

「ミニリュウは欲しいって言ってたぞ」

「だから?ボクには関係ない
だいたいゲットすることだって拒んでたはずなんだ。それなのに名前まであげるとかどうかしてる」


吐き出すようにそう告げたミナトに、世羅は眉を下げて遠慮がちに笑みを浮かべた。
寂しさを押し殺すようなその表情を、ただ見上げる。
懐かしむように瞳を細めた世羅は、そっと瞼を閉じた。


「でも、オレは名前をもらって嬉しかった」


優しい記憶に身を委ねるように。
ふと密かに輝くように笑みを浮かべた世羅に、ミナトは強く唇を噛みしめた。
吐き出した息と共に漏れだした言葉は、酷く冷たく突き刺さった。


「本当に?本当にあのときそう思ったの?」


俯いてしまったミナトの声色に、世羅はただただ言葉を失った。
何度か口を開閉したが、そこから意味のある音がこぼれることは遂に無かった。
一切を拒絶するような、濁った藍色の旋毛を見つめていた。
少々乱暴な音を立ててミナトが椅子を引いたのは、それからしばらくしてからだった。


「……もう、寝る」

「あ、ああ……明日はジム戦だろう?ゆっくり休むんだぞ」


ミナトはそれに返事をすることも振り返ることもなく、寝室へと身を翻した。
遠くなる背中を、世羅は目を逸らすことで見送った。
室内には不自然に静かな音だけが響いていた。


「……本当は、重くて重くて仕方がないんだ。この名前も」


世羅はそっと辞書の表面を撫でると、元の位置へと慎重な手つきで戻す。
目の前に静止しているモンスターボールを見下ろし、二つ並んでいるボールの少し離れた所に置き直した。
ボールとテーブルの表面がぶつかる、軽くて乾いた音が嫌に耳に届いた。


「このボールも」


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