09
「マダツボミ、“しびれごな”だ!」
荘厳な塔の内部の、ある一角。
袈裟を見事に着こなす坊主に、ミナトとミニリュウは対峙していた。
撒き散らすように妖しいの色の粉を大量に辺りへ噴出したマダツボミに、ミニリュウは意気揚々と高らかに声をあげた。
『来るでーミナト!どないするんや?』
「“たつまき”で吹き飛ばして」
『おん』
ミニリュウはミナトに指示を受け、撒き散らされた粒子を絡め取るように渦巻き上の上昇気流を発生させた。
建物を破壊しないように上手く調節された空気の渦は“しびれごな”を害の無いように吹き飛ばすとあっさり消滅した。
驚いたように目を瞬かせるマダツボミに、ミニリュウはにっかりと眩しい笑みを浮かべた。
「“りゅうのいかり”で決めるよ」
『任しときー』
大きく口を開いたミニリュウは、そこから衝撃波を連続して発射した。
効果は抜群でないものの、何度も連続してぶつけられる攻撃にマダツボミは耐えることが出来ずに倒れ込んだ。
坊主が労るようにマダツボミに声をかけ、ボールへ戻したのを確認したミニリュウはさっと擬人化の姿をとった。
「まあ、見てて分かったとは思うんやけど、ああやって逃げ道なくして相手を混乱させるっちゅうのもバトルじゃ基本やで」
「うん」
「それとな、さっきの“たつまき”の指示はええ線いっとるけどあそこはそのままマダツボミにぶつけた方がええんちゃう?」
「“しびれごな”ごと?」
「せやせや」
バトルが終了したと同時に、二人は先ほどのバトルについての議論を始めた。
議論と言っても、ミニリュウが先生役となりそれをミナトが聞き、時には考えるというもの。
バトルに不慣れなミナトが、今朝マダツボミの塔に来る前にミニリュウに提案したことだった。
初めは酷く驚いていたミニリュウだったが、予想以上に素直に真剣に話を聞くミナトに段々と楽しくなっているようだった。
「……難しい」
「始めたばっかならそんなもんやって」
ため息をつくように小さく息をついたミナトにミニリュウはゆるりと目元を和らげた。
どこか駄々をこねる幼児に対するような、見守るような視線にミナトは少々居心地が悪くなり目を逸らす。
逸らした先には、また暖かな目でそれと同時に少しだけ驚いたような色をした目でこちらを見る坊主がいた。
「ポケモンと協力して強くなろうとするその姿勢、大変よろしい」
「……下手な人間が独り善がりになるよりこっちの方が効率的だと思っただけです」
「きちんと自身の実力を把握すること、それも必要な力」
ミナトの捻くれた言葉にも心を乱すことなく、坊主は静かに諭す。
何を言っても無駄だと悟ったミナトはこれ以上反論することを止めた。
坊主はそんなミナトとは別の何かを思い出しているのか、少しだけ遠い目をするように目を細めた。
「少し前に来た赤毛の少年は、ポケモンに厳しすぎる
あれでは信頼もなにもあったものではない」
ぼやくように告げられた内容に、ミナトは一度口を開き、そしてすぐに閉じた。
隠すように頭を下げると、流れるように言葉を紡いだ。
「相手してくれてありがとうございました、勉強になりました」
「いや、これからも精進を重ねることを忘れないように」
「……はい」
全く感情のこもっていない返事だったが、坊主はそれには気が付かなかったようでその場を立ち去って行った。
朝から塔に籠もっていたからか、少し首を捻ると骨が鳴った。
窓を見ると、太陽は大分高い位置まで昇っていた。
「もうお昼?」
「とっくに回ったぞ、三時過ぎだ」
「そんなにいたんだ」
同年代のトレーナーと比較しても圧倒的に経験不足なミナトがまず始めたことはバトルの雰囲気に慣れることだった。
そこからある程度の場面を落ち着いて対処するまでの経験を得るために、何人とも続けてバトルを行った。
自分でも気が付かない内に緊張していたようで、一息ついたと同時に疲労がミナトを襲った。
窺うようにミニリュウの顔を見上げれば、その表情にも少しだけ疲れたような色が見えた。
「今日はもうセンターに帰ろうか」
「お?もうええんか?」
「集中力切れたし、続けてやっても効率悪いし」
「それもそやなー!わいも流石に疲れたわー
ミナトも疲れたやろ?トレーナーも神経使うよなあ」
大きく息をついて脱力したミニリュウは、へらりと笑みを浮かべて言った。
その言葉に、ミナトは少しだけたじろいた。
まさか気がつかれているとは思っていなかったようだ。
しかしすぐに首を横に振ると、逃げるように足を進めた。
「明日、ジムに挑戦してみようと思うんだけど」
「おお、ええんとちゃうか?それなら今日はいつもよりゆっくり休まんとなあ」
「今日の夜は精の付くもの用意する」
「お!楽しみやなー!」
上手く話を誤魔化したミナトは、背後で楽しそうな二人の会話をただ聞いていた。
階段を下り、物々しい入り口を潜り外へと出る。
息が詰まるような空間を出た開放感からか、ミニリュウはぐっと伸びをした。
朝も通った桟橋に足をかけると、橋の手すりに軽く腰をかける人物がいることに気が付いた。
赤茶色の、柔らかそうな髪に大きめな猫目の少年だった。
ココアブラウンのそれは少しだけつり上げっていて、少年の勝ち気そうな性格を表している。
まるで誰かを待っているように手持ち無沙汰でそこにいた彼は、ミナト達を視界に納めると不機嫌そうな表情をした。
「遅い」
いきなり、しかも見知らぬ人物からそんなこと言われミナトは困惑する。
何も言わないミナトに少年はまた不機嫌そうな顔して、桟橋に足をつけた。
身長はそれほど大きくはない。むしろ低めだ。
ミナトの身長と、そう大差はないだろう。
「何、もう僕のこと忘れたの?」
眉間に皺を寄せ、ミナトを見据える少年を観察する。
答えを求めるように世羅の方を見れば、小さく頷いた。
「ロコンだろう?」
「あたり……ったく、気づくの遅いよ」
「擬人化してたら分かんないよ、普通」
世羅が少年の正体を言い当てれば、ロコンはあっさりと肯定を示した。
そのあんまりな言い分にミナトが一言物申すが、ロコンはどこ吹く風。
一度鼻を鳴らしてその訴えを聞き流すだけだった。
「何でわざわざ擬人化でこんなとこまで来たんや?わいらに何か用か?」
「擬人化で来たのは昨日のショップ店員に見つからないようにだよ……普段使わない神経使って疲れたけど
来た理由は、まあ……」
そこで一度言葉を濁すと、ロコンはミナトをじっと見つめる。
急なことにミナトは怪訝そうにロコンを見上げた。
ココアブラウンの瞳は少しも揺らぐことはなく、ミナトの瞳を見つめ返す。
片方しか見えないミナトの瞳を真っ直ぐ見つめて、ロコンは口を開いた。
「君達の旅に連れてってもらおうかと思って」
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