花曇りの空 | ナノ

08


鮮やかな空を覆うように夜の帳が静かに落ち、窓ガラスに傍を通った自身の顔が映り込む。
そこに浮かび上がった顔は無表情。少し疲れが見えるだろうか。
お世辞にも愛想は良くなく、顔半分に流れ落ちている髪の束が荒んだ瞳を助長させていた。
ミナトはそんな自身の顔を消し去るように、カーテンを締め切った。


「ミナト」


ふいに、ポケモンセンターに借りた部屋のカーテンを締めているミナトを呼ぶ声がした。
ごく自然に、その声の方向を振り返り、ミナトはぱちりと一つ瞬きをした。
そこにはにっかりと笑みを浮かべたミニリュウが、少々照れくさそうに立っていた。


「世羅が呼んでるで、晩飯やって」

「あ……分かった」

「はは、そんな見られると穴空いてまうで?わい」


凝視すると言って良いほどに見つめ続けるミナトに、ミニリュウは困ったように頭を掻き、誤魔化すように笑みを浮かべた。
一度瞬きをしてミニリュウから目を逸らしたミナトは、ミニリュウの横を通り世羅の待つ方へ足を進める。
すぐにいつもの表情に戻ってしまったミナトに、ミニリュウは少しだけ残念そうな顔をした。


「いきなり名前で呼ばれたらびっくりもするよ」

「あー……やっぱ気づいとった?」

「世羅は名前でボクはあんたじゃね……いったいどんな心境の変化があったの」


最後の一言は半ば独り言のようだったが、傍にいたミニリュウにはしっかりと届いた。
そのまま寝室を出てリビングへ向かおうとするミナトの頭に、ミニリュウはそっと両手を伸ばした。
両手を載せた頭は思ってたよりも小さく、すっぽりとその両手に包み込めそうなほどだった。
怪訝そうにミニリュウを振り返り、見上げてきたミナトの頭を、ミニリュウは掻き回すように撫で続ける。
目を白黒させたミナトに、ミニリュウはぱっと手を離した。


「先に信じて欲しいって言うたわいが、一番あんたを信じてなかった気がしたんや」


まなじりを下げた柔らかい笑みを浮かべたミニリュウは、掻き乱したミナトの髪を元に戻すように再度手を差し込む。
ミナトはその手を払うと、自分で乱れた髪を手櫛で治していく。
絡み合った髪の毛を無理に治そうとしたためか、髪の毛が千切れる音が響いた。


「会ったばかりで無条件に信じる方がおかしい」

「そうなんやけど……でも、信じて欲しかったらまずはこっちが信じないとあかんやろ」

「信じて欲しいなんて言ってないよ」

「あー!もう!ごちゃごちゃめんどくさいで!!」


頑ななミナトの態度に、とうとうミニリュウが音を上げた。
突然大声をあげたミニリュウに、ミナトは小さく肩を跳ねさせる。
今までの鬱憤を晴らすように声を上げたミニリュウの、あまり見ない姿と声にミナトは目を瞬かせた。


「わいはあんたと、ミナトと仲良うなりたいんや!
せっかく会えてトレーナーとポケモンって関係になれたんやで?良好な関係築きたいやんか!
やのにいつまでもむっつりした顔しよってからに!相互理解ってことを少しはしいや!コミュ障か!!」


叩きつけるようにそう言い切ったミニリュウは、息が荒く肩が上下している。
一度大きく息をついたミニリュウと、そんなミニリュウを見上げたミナトの視線が合う。
言いたいことを思いのままに、半ば怒鳴るように告げたミニリュウは、ゆっくりと開くミナトの唇を見つめた。


「……コミュ障は、ちょっと傷ついた」

「……そらすまん」


酷く真面目な表情で、思っていたものとは少々方向性の違う内容を告げたミナトに、ミニリュウは一気に力が抜けたように感じた。
今までため込んでいたものを全て吐き出し、幾分か気持ちが落ち着いたミニリュウはそっとミナトを見下ろす。
考え込むように俯いたミナトの旋毛辺りを、ミニリュウはじっと見つめていた。


「……何してるんだ?」

「……世羅」

「あんまり遅いから気になって来てみたら……何してるんだ?」


ミニリュウがミナトを呼びに来てから大分時間がたったのだろう。
怪訝に思った世羅が二人を呼びやってきた。
首を傾げ、ミナトと会話をする世羅を、ミニリュウはぼんやりと見る。
そして、ミニリュウは今気が付いたと言うようにああ、とため息をつくように声をあげた。


「わい、ミナトに名前つけて欲しいんや」


声に出して確かめてみると、すとんと気持ちが落ち着いた。
目を見開いて固まってしまったミナトの隣で、世羅が嬉しそうに表情を綻ばせた。
ミニリュウがミナトの名前を自然に呼んだことに、本当に嬉しそうに。


「そんで、ボールにいれて仲間にしてや?」

「……」

「おーいミナト?」


ひらひらとミナトの顔の前で手を振れば、ミナトは分かりやすく顔を背ける。
思わず苦い笑みを浮かべたミニリュウの額に、突然丸いものを押し当てられた。
一瞬にして変わった視界にミニリュウは困惑する。
かちり、と小さな音が耳の傍で、空間に反響して、ミニリュウは気が付いた。
そこがモンスターボールの中であることに。


「……名前は気が向いたらね」

『ええー!そんなん世羅がずるいやん!!』

「知らない、聞こえない……世羅、ご飯」

『ちょおおおおおお!聞こえてるやん!!往生際悪いで!!ちょっと出しいや!!』


がたがたとボールを揺らすミニリュウを手のひらで抱え、ミナトは至極複雑そうな顔をしていた。


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