花曇りの空 | ナノ

05


「どうしてボクがこんなこと……」


ガーディに先導され、32番道路を移動したミナトはそう小さくため息をこぼした。
獣道のようにガーディが埋もれてしまうくらい草が生い茂る道を、見失わないように追いかける。
しばらくその橙色と黒の縞模様を追いかければ、遠くの方に古びた茶色い岩を積み上げて作られた建物が見えてきた。


「ここ……アルフの遺跡?」

『そうだよ!ここ、裏道なんだ!!』


ぱたぱたとその尾を左右に振って、ガーディはやっとこちらを振り返った。
どうやらここが二匹の目的地らしい。
肩や足についた葉や泥を払い落とす。
遠くの方から聞こえる声は観光客の声だろうか。
楽しそうな声と共にカメラのシャッター音が小さく響いていた。


「よく知ってるな」

『おれ、エンジュシティに住んでるし、ロコンは37番道路に住んでるんだ
割と近いからここにもよく遊びにくるんだー』


兄弟のように仲がよく見えたため、てっきり同じトレーナーのポケモンか野生で共に育った二匹かと思えば、どうやら育ちはまるきり違うようだった。
ほわほわと頼りないガーディは、余計なことを言うなと言うようにロコンに六つある尾で叩かれていた。
ころころと転がったガーディは、確かに野生にしてみれば少々太っていた。


「トレーナーがいるんならその人とポケモン捕まえたらいいんじゃないの?」


思ったことをそのまま口に出してみれば、ガーディは途端に顔を暗くさせた。
いっしょにポケモンを捕まえて欲しいと頼まれた時から何かあるとは思ってはいたが、どうやら問題はトレーナーにあるらしい。
俯いたガーディは、先ほどよりもトーンの落ちた声で告げた。


『……おれのご主人様、体が弱くって……あんまり外に出られないんだ』

「……そう」

『ご主人様、旅に出たいんだけど無理で……
だからね!せめて、ここに住むって言うドーブルに絵を描いてもらってご主人様を喜ばせてあげたいんだ!
いろんなポケモンとかさ、描いてもらって!新しい子も増えたらきっとご主人様も笑ってくれると思うし!!』


ガーディは、その"ご主人様"が大好きで大好きで仕方がないのか幸せそうに頬を緩めた。
暖かな、大切な人を思うその笑みにつきりと痛む胸を無視して、ミナトはガーディから視線を逸らした。
そしてガーディをその視界に入れることなく、遺跡の中へと足を踏み入れていった。


『あっ、どこ行くのー!』

「ドーブル探し……早くしないと日が暮れるよ」


呼び止めるガーディの声に振り向くことはせず、一人で黙々と奥へと進んでいってしまう。
世羅がその小さな背を走って追いかけ、ミナトの少し後ろを歩く。
今まで我関せずに冷たい態度を取っていたミナトの言動に、ミニリュウだけが取り残されていた。


『ロコン、あの人達のお手伝いしてあげて?』

『はあ?何で』

『おれ、こっちのお兄さんとドーブル探すから……お願い』


困惑したようなミニリュウと、眉を下げて懇願するガーディを交互に見つめ、ロコンは小さくため息をついた。
いくらボールを持っていようと、ポケモンがポケモンをゲットすることは人間が人間を捕まえることに等しく、それは倫理に反している。
いくら分散して探そうとしたところで、ドーブルを見つけてもゲット出来るのはミナトだけだ。
見つけた後に逃げないように見張るといった、そんな面倒なことをしないために全員で行動するのが得策。

だったはずだが、ロコンも戸惑うミニリュウをこのままあのトレーナーに会わせるのはどうかと考えたらしい。
どうにもお互い、壁が高すぎる。
ロコンは二人を置くと、奥へと進んでいったミナトと世羅を追いかけた。


「……なんか、気ぃ使わせてしもたなあ」

『いいのいいの、お願い事してるのこっちだし!』

「はは、おおきに」


行儀良くお座りをして、にこにこと笑みを浮かべるガーディの頭をミニリュウは撫でる。
嬉しそうに笑みを浮かべ、尾を振る人懐こいガーディにミニリュウの気分も浮上する。
それと同時に、ため息も漏れ出した。


『お兄さんは、あの人嫌いなの?』

「……そんなことないで?」

『そうなの?』


ガーディとロコンとは出会った当初から、ミナトもミニリュウも気まずい雰囲気だったのだろう。
その少し前までは割と気の置けない会話していたものだった。
他人に関わろうとすると途端に手のひらを返したように冷たくなるミナトに、ミニリュウは少々うんざりしていた。
自身を連れて行って欲しいと言ったときも、必要以上に冷たい対応だったことをミニリュウは思い出す。


「まだボールにも入れてもらえてないしなあ……このままどっか行ってしまおか」


半ば冗談のように口にすれば、それはとても良い案のように聞こえた。
薄らと笑みを浮かべたミニリュウをじっと見上げたガーディは、そのままの体勢からミニリュウへ“たいあたり”を繰り出した。
それは運悪くガーディと視線を合わせるように屈んでいた鳩尾へと的確に打ち込まれた。


「ぐふあ!?ちょ、いきなり何すんねん!!」

『おれね、あの人はただ、周りの人との距離の取り方が下手なんじゃないかなあって思うんだけど……どうかな?』


奇声を上げてもんどり打ったミニリュウに、ガーディはそう静かに声を上げた。
ガーディは鳩尾を押さえて動きを止めたミニリュウの顔へと回り込むと、そのふかふかとした前足でミニリュウの顔を数度叩いた。


『名前くらい呼んであげないと』


その一言で、ミニリュウははっと目を見開いた。
ガーディは最後に一度、ぺしりと強めにミニリュウの顔を叩く。
まるでしっかりしろとでも言うように。


「ガーディ、さっきまでとちょい違う気がするんはわいだけか?」

『ふふん!これでもトレーナーのポケモンではお兄さんより先輩だよ!』

「それは失礼しましたわー先輩」


戯けたように胸を張ったガーディに、ミニリュウは合わせたように戯けて頭を下げた。
やがて、耐えきれないと言うように笑い声をあげたガーディに、ミニリュウも穏やかな笑みを浮かべたのだった。


「とりあえずは名前で呼ぶことから始めよかー!」

『うんうん!それがいいと思うよ!!』


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