03
ミニリュウから逃げるように足を進めていたミナトは、ふと足を止めた。
数度瞬きをして、辺りを見渡し耳を澄ます。
後から追いついたミニリュウと世羅は、そんなミナトの様子に互いに首を傾げた。
「どないしたん?あ、店の場所でも分からんくなったんか?」
「違うよ、何か聞こえない?」
ミニリュウの言葉に冷たく返したミナトはそう言うと世羅を振り返る。
すっと瞳を閉じて五感の一つを封じた世羅は、数度耳を動かして辺りの音に集中する。
人よりも鋭い五感を持つポケモンの中でも、取り分け世羅は周りの気配に敏感な種族だった。
しばらくしてその赤い瞳を開いた世羅は、ミナトに向けて一度頷いた。
「この先で、少々問題が起こっているようだ」
「問題?」
「焦っている声が二つと、ひどく怒っている声が一つ……
だんだんこっちに近づいてきている……どうする?」
「……面倒事は、あんまり受けたくないな」
小さく眉根を寄せたミナトは、先の道に背を向けるとそのまま足を進める。
どうやらフレンドリィショップには迂回して行くことを決めたらしい。
早くその場を離れようと足を進めるミナトに、ミニリュウが声をかけた。
「ちょ、ちょい待ち!そいつら困ってるんじゃないんか!?」
「そうかもね」
「かもってなあ……!」
振り返りもしないミナトを引き止めようとミニリュウが、その細い腕を掴む。
予想よりも細く、少し力を入れただけでも折れてしまいそうな腕に、ミニリュウが大きく目を見開いた。
動きを止めたミニリュウを一瞥したミナトは、掴まれた腕を勢いよく振り払う。
「そうかもしれないけど、ボクには関係ない」
はっきりとした拒絶の言葉に、ミニリュウはぐっと眉間に力を入れた。
背を向けたまま、どこかに行ってしまいそうなミナトにミニリュウは再度手を伸ばす。
その手がミナトに届く前に、先ほどミナト達が向かっていた方向から勢いよく何かが飛び出してきた。
一つはふわふわと柔らかそうな毛皮を持ち、もう一方は艶やかな美しい毛皮を持っていた。
「ガーディとロコン……?」
二匹とも後ろを向きながら走っており、ミナト達には全く気づいていない。
そのままこの場に立っていれば激突されてしまうだろう。
そう思った三人がその場を離れようとした瞬間、二匹が飛び出た角から一人の男性が走り出てきた。
男性は体にかけている青いエプロンを振り乱しながら、大声で叫んだ。
「そこの君たち!その二匹を捕まえてくれー!!泥棒なんだ!!」
「泥棒!?」
ミニリュウが驚いたように声をあげ、二匹を見つめる。
よく見ると、ガーディの方が口元にモンスターボールを銜えて走っていた。
口が塞がれて走りにくいのだろう。
少しよろけるガーディをロコンが時々援護している。
「世羅、」
「ああ」
二匹に道を譲った世羅が、ミナトの呼びかけと同時に二匹の前に躍り出た。
そして、明らかに反応の鈍いガーディを片手で軽々と抱き上げる。
驚いたロコンがその小さな口元に炎をちらつかせるが、世羅の一瞥に動きを止めた。
『……ガーディ放してくれない?』
「駄目だ、事情は分からないが、盗みは駄目だ」
『頭かったいな……僕らにはそれが必要なの、いいから放せよ』
友人が世羅の腕の中にいるからか、ロコンは攻撃はしないが射抜くような眼差しで世羅を睨み上げている。
そんなロコンに同調するようにガーディも世羅の腕の中で藻掻いていた。
片手でガーディの動きを封じた世羅は、その口元からあっさりと盗んだモンスターボールを奪い返した。
放さないように噛みしめていたからか、ボールは涎でべたべたで噛み痕も着いている。
「ああ……ありがとう、助かったよ君たち」
漸く追いついた男性は、荒い息を整えると世羅と傍に立っていたミナトと世羅へそう頭を下げた。
男性がかけていたエプロンをよく見ると、そこにはフレンドリィショップと書いてあった。
彼はそこの店員で、この二匹は彼の店から盗みを働いたのだろう。
「いきなりそのガーディがボールを盗み出してね……
まったく……ポケモンがボール盗むなんていったい何を考えているのか……」
男性はそう言うと、世羅の足下で牙を向くロコンを見下げた。
更に敵意を向けるロコンに小さく舌打ちをすると、ミナト達へころりと貼り付けた笑みを浮かべた。
捕まっているガーディは怯えたように身を震わせる。
「でも君たちが捕まえてくれて助かったよ
さあ、ボールとそのガーディを渡してくれないか?」
『ねえ君もポケモンなら分かるでしょ!?僕たちこのままだとどうなるか分かんないんだけど!!』
手のひらを差し出し、笑顔で迫る男性にロコンが焦ったように声をあげた。
そんな必死なロコンを再度見下げる男性を、ミナトはただただ無表情に見つめていた。
そして、世羅へその細い腕を差し出した。
世羅も意図を察したのか、開かれたその手に歯形のついたモンスターボールを載せる。
「すみません、ボクにボールを五つ売ってくれませんか?」
「……え?」
ミナトの唐突な言葉に、男もロコンもガーディも、ミニリュウでさえ動きを止めた。
ミナトにボールを渡した世羅だけが、唯一ガーディを抱き直す仕種を見せる。
いち早く混乱から脱却した男性は狼狽えたように声をあげた。
「そ、それは構いませんが……その、」
「代わりにこの二匹を見逃してあげてください
彼らが盗んだボールごと、買い取りますから」
「はあ!?そ、そんなことできるわけ、」
男性はミナトの、男性にとっては聞き逃すことの出来ない言葉に食ってかかる。
そんな男性にミナトはただ盗まれたボールを男性に見せつけた。
そこにはガーディの鋭い歯によって傷をつけられ、売ることが出来なくなってしまったボールが一つ転がっていた。
「どうするんですか?」
そう無表情に唇から問いを吐き出したミナトに、男性は慌てて店からボールを四つ持ってくるのだった。
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