花曇りの空 | ナノ

13


黒い絵の具を塗りたくったように濃い夜の空の下。
ミナトは自室の窓を開け放ち眼下をのぞき込んだ。
時計の針はちょうど十二を指している。
自室のある二階からのぞき込んだリビングの明かりは暗く沈んでいた。


「……行くのか?」

「行くよ、あの調子じゃカナデさんに聞いてもはぐらかされるだけだもの
はぐらかされてずっと気にしてるくらいなら、自分の目で確かめに行く」


ミナトの足下には大きめの鞄が一つ、置いてあった。
先ほどまで、これから先に必要になるもの全てを詰め込んでいた鞄だ。
窓の方を向いているミナトから見て左側にある木に飛び移れば、二階のこの部屋からでも外に出ることはできるだろう。
こんな時は常日頃、紅に鍛えられていることに感謝した。

靴は昼間の内に回収しておいた。
後は靴を履いて、鞄を持って、外へ出るだけ。


「止めるつもりなら世羅、キミは置いていくよ」


窓枠に手をかけたミナトは、一度背後の世羅を振り返った。
夜だからだろうか。
濁って見える赤い瞳を、世羅はじっと見つめ返した。


「着いていく、どこまでも
ミナトがやりたいこと、全部やろう……オレも手伝うから」


泣きそうに眉を下げながら、世羅は小さく笑みを浮かべた。
そして、不可解そうに世羅を見つめるミナトの脇を通ると先に外の木へと飛び移った。
何度か枝を揺らして枝が折れないか確かめると、ミナトへ向かって一度頷いた。

その世羅の一連の行動を見ていたミナトは、身軽な体を窓から投げ出した。
後ろを振り返ることは、しなかった。




***


昼間何度も通った道を、ミナトと世羅はもう一度走り抜けていた。
夜行性のポケモンに遭遇しないようにスプレーを振り掛け、脇目もふらず走っていた。
朝になるまでにキキョウシティに着かなければ、バトルを仕掛けてくるトレーナーが話しかけてくるだろう。
逐一その説明をするのは少々骨が折れる。


「見えてきたな、ヨシノシティ」

「三回目、か……っ」


少々息が切れているミナトとは対象に、世羅はミナトを気遣うように速度を調節していた。
ラストスパートでも言うように速度を上げ、本日三回目のヨシノシティに到着した。
バトルをしていないため、ポケモンセンターに寄ることもないだろう。
ヨシノシティの中を歩いて息を整え、二人は30番道路をまた走るために大きく息をついた。


『おー、速かったなあ
近々来るとは思うとったけど、まさか夜中に来るとは思わんかったでー』


昼間、ミニリュウを置いて行った水辺の傍を通り30番道路へ足を向けようとすると、不意にそんな言葉に呼び止められた。
まさかまだその場に留まっていると、少しも思わなかったミナトは驚いたように水辺を振り返った。
振り返ったその先では、水の中から顔だけ出したミニリュウが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「……何で、ミニリュウ……」

『ちょいと気になってなーあんたらのこと、待たせてもろたわ』


ミニリュウは優雅に水の中を泳ぐと、ミナトと世羅が立っている傍までやってきた。
じっと見上げられたミナトは狼狽えたように視線を揺らし、そして世羅へと振り返った。


「……世羅、ミニリュウはなんて、」

『もうそんな芝居せんでもええやろ?』

「……は?」

『あんた、わいらの言葉分かるんやろ?』


ミニリュウがそう告げた途端、ミナトは一度目を見開いた。
しかしその直後、ぎゅっと眉間に皺を寄せて、ミニリュウを睨み付ける。
ミニリュウは慌てたように自身の尾を左右に振り回した。


『ちょ、怒らんでもええやん!別に誰かに言うつもりじゃないんやで!?ただちょっと、』

「じゃあ何が望みなの?キミが昼間散々言ってたボクの手持ちになるってやつ?
いいよ?誰にも言わないんだったら手持ちにでもなんでもなれば?
でも悪いけど、ボクの考えはいくら考えても変わらないからキミのこと大事にするつもりはないよ
……キミがどうしてそんなに捕まえて欲しいのかは分からないけど、ね」


ミナトの畳みかけるようにして告げられた言葉に、ミニリュウはぴくりと器用に片方の眉をあげた。
そして擬人化をすると、まるで降参とでもいうように両手を肩の位置まであげて振る。
その表情は、まるで悪いことをしたとでも言うように申し訳なさそうに暗くしていた。


「すまん、ちょい話を急ぎすぎたな……
わいが言いたいんはな、この先進むにしろ戻るにしろ、今のままじゃあかんってことや
あんたにはもっと力がいる、人手がいる、戦力がいる……違うか?」


ミニリュウが伺うようにミナトを見れば、ミナトは眉間にしわを寄せたまま黙ってミニリュウを見据えていた。
口を挟む様子がないことから、ミニリュウは更に言葉を続ける。


「あんたがどうしていきなり旅に出よ思ったのかは知らん
けど、この先スプレー使って逃げるだけじゃ絶対に限界が来る
そうなった時、あんたに反撃出来る力は、ないやろ?」


ミニリュウが言葉の途中でそっと世羅を伺えば、彼は一度頷いた。
そのまま続けろと言うことか。
それに軽く頷き返したミニリュウは、心の内でそっと世羅へ謝罪した。


「わいも好きこのんで捕まえて欲しいわけやないんやで
そりゃあまあ、打算がないとは言わへんわ、あんたを利用しよ思たんも否定せん……けど」

「……けど?」

「純粋にあんたにお礼したいなーって、あんたに力貸してやりたいなーって思ったんも本当やで
ここは信じて欲しいわ」

ふ、と柔らかい笑みを浮かべて。
そう言ったミニリュウの表情に、ミナトは目を見開いて動きを止めた。


「……何で、そんな」

「気になったから、それだけや」


僅かに唇を震わせてそう言ったミナトに、ミニリュウは至極簡潔にそう返した。
にっかりと眩しい笑みを浮かべたミニリュウの表情を、ミナトは呆然と見上げていた。
ふと我に返ったように視線を逸らしたミナトの瞳は、困惑で揺れていた。
そして、その揺れが静かに収まると、ミナトはミニリュウとしっかり目をあわせ、ぽつりと言葉をこぼした。


「……ごめん、ちょっと言い過ぎた」

「かまへんって」

「……あの、」

「ついてってもええか?」


少々おどけたように肩をすくめて言えば、ミナトは小さく頷いた。
一度はっきりと拒絶した分、気まずいのだろうか。
そう考えると少しだけ可愛げが沸いてきたのか、ミニリュウは耐えきれないと言うように笑い声をあげた。
そんなミニリュウを怪訝そうに見上げたミナトは、先を急ぐように30番道路へ足を進める。
その背中を小走りで追う世羅と、二つの背を見て、ミニリュウはふとその笑みをしまい込んだ。


本当は、一番に守って、こういうことを言って分からせてあげたいのは世羅だろうに。
一番に気づかなければいけないミナトは残念ながらそのことから目を逸らしている。
ミニリュウは、そっとため息をついてその二つの影を追いかけた。


prevnext

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -