花曇りの空 | ナノ

12


スプレーを何度も何度も振り掛けながら走ったミナトと世羅は、予定よりも大分早い時間にワカバタウンへと戻ってきていた。
ヨシノシティから一度も止まらずに走り続けたため、ミナトの息は荒い。
ウツギ研究所の前で漸く足を止めたミナトは、一度息を整えるために立ち止まって大きく息をついた。


「……ミナト、大丈夫か?」

「平気……行こう、カナデさんに聞かなきゃいけないことがある」

「ウツギ博士のお使いも忘れるなよ」

「……分かってるよ」


もう一度大きく息をついたミナトは、勢いよく研究所のドアを開け放った。
思ったよりも大きい音をたてて開いたドアに、中にいた研究員達が驚いたように振り返った。
普段、いくら勝手に入ってきてもいいと言ってもきちんとノックやチャイムを欠かさないミナトが、乱暴にドアを開け放ったのだ。
研究員や、その場にいたウツギは目を丸くして驚いた。
そんな視線を気にもとめず、ミナトは研究所の中を見渡した。
そこにカナデの姿はない。


「博士、カナデさんどこにいるか知りませ」

「もしやお前が犯人か!!」


奥で困ったように俯くウツギに近づき声をかければ、その途中で横から大声をあげられた。
思わずむっとして足をとめ、声の方向を見る。
そこには警官服に身を包んだ男性が一人、こちらに指を突きつけていた。


「……ウツギ博士、これはいったいどういうことですか」

「あっ実は……」


気が急いているときに言葉を遮られ、しかもいきなり犯人扱い。
これにはミナトも頭に来たのか、不機嫌そうに眉を寄せてウツギの方を振り向いた。
だがウツギは焦ったように手を振るだけで説明が返ってこない。


「今ここはポケモン盗難事件の取調中なのだよ!
捜査の法則その1!犯人は現場に戻る…ということは君が犯人!そうなんだろう!?」

「……よく分かりました」


一から十まで全て説明してくれた警察官に、ミナトは深く深くため息をついた。
そんなこと、こうしてウツギと話している時点で違うとすぐ気が付くだろうに。
目の前の警官は思いこみが激しいのか一方的に捲し立てるだけ。

何か言い返そうと口を開くが、反論の声は細く息を吐く音で止まってしまった。
ぎゅっと拳を握ったミナトの前に、警官との間に壁になるようにして世羅が割って入った。


「待ってください、オレ達はここにいるウツギ博士のお使いで今までヨシノシティに行っていたんです
それに博士の手伝いでよくこの研究所には来ます、盗みなんてしません」

「そ、そうですよお巡りさん!この子は僕もよく知ってる子ですから!絶対に違います!!」

「む……そうですか……それは失敬しました」


二人に反論されただけでなく、その周りにいる研究員からも口々に非難され、警察官はやっと口を噤んだ。
ミナトはそんな警察官からは目を逸らし、一度強く目を瞑った。
そして大きく息を吐いて、目を開け真っ直ぐ警察官を見つめる。
ミナトが震えていたことも、その震えを無理矢理押し込めたのも、ミナトをその背に庇っている世羅だけが気づいていた。


「……ボク、ここのワニノコを連れたトレーナーと会いましたよ」

「ほ、本当かい!?ミナトちゃん!!」

「はい、事情を聞こうと思ったんですが逃げられました……すみません」

「そっか……いや、なんとかしようとしてくれたんだよね?ありがとう」


一度肩を落としたウツギだったが、次の瞬間には笑顔になってミナトと世羅へ労いの言葉をかけた。
それが、ミナトと世羅に余計な気を遣わせないためだと言うことは、その場にいる全員が分かっていた。


「それで、その犯人はなんて言うんだね!?」

「……知りません、名前なんて名乗ってませんし
ただ、赤い髪と赤い目の少年ってことだけは分かってます」


先ほど犯人扱いされたことが余程頭に来たのか、少々トゲのある言い方でミナトはそう返事を返した。
警察官はそんなことにはちっとも気を止めず、手持ちの手帳にいくつか書き込むとぱっと顔をあげた。


「ご協力感謝いたします!本官の次なる行動は赤髪の少年を追え!ですな!
それでは、また何か情報がありましたらご連絡ください」

「あ、はい!よろしくお願いします……!!」


見事な敬礼を見せた警察官はそう言って自信の名詞をウツギ博士へ手渡すと、慌ただしく研究所を出て行った。
その背を見送ったウツギは疲れたようにため息をつくと、思い出したように二人を振り返った。


「そう言えばミナトちゃん、世羅君。ポケモン爺さんの発見ってなんだったのかな?」

「ああ……この子です」


ウツギに言われ、ミナトは預かったボールを軽く放った。
中からはトゲピーが軽い音を立てて飛び出した。


「……トゲピー、かい?」

『はじめましてー!』


片手を上げてウツギへ挨拶するトゲピーに、ウツギは優しく顔を緩めた。
トゲピーと顔をあわせるようにしゃがみ込むと、優しくその頭を撫でる。


「そっか、トゲピーかあ……確かに珍しいポケモンだ
うん、しばらく僕の研究を手伝ってくれるかい?トゲピー」

『喜んでー!』


自身を抱き上げたウツギに、トゲピーはにっこりと笑みを返して肯定を示した。
それにウツギも嬉しそうに笑みをこぼす。
どうやら相性はなかなかいいようだ。


「そう言えばミナトちゃん、さっきは慌ててたようだけどどうかしたのかい?」

「そうだ……博士、カナデさんどこにいますか?」

「カナデ君かい?カナデ君だったら他にいなくなったポケモンがいないか確認してもらっているよ?」

「……そうですか、ありがとうございます」


ミナトはそれを聞くと、脇目も振らず研究所の奥を目指した。
早足のミナトの背を追うように、世羅も急いで足を動かす。
その場には、トゲピーを抱き上げたウツギと抱かれているトゲピーだけが残った。

つかつかと清潔な研究所の廊下を小走りに走り抜けたミナトは、研究所の奥にある庭へと飛び出した。
そこには、昨日の昼間のように研究所のポケモンに周りを囲まれたカナデの姿があった。


「兄さん!」

「……なんだミナトか、どうした」

「どうしたじゃない!」


珍しく声を荒上げるミナトに、カナデは持っていたバインダーをペンで軽く弾いた。
怒りか興奮か。
肩を震わせるミナトを見て、その背後にいる世羅を見る。
無言で言葉を先を促せば、ミナトは震える唇をゆっくりと開いた。


「あいつらが、出たって……ほんと?」

「……何のことだ」

「あいつらが、復活したって!
ねえ、ボク今日の新聞見たんだよ?そこに、見出しに、書いてあったんだ
あいつらが、三年越しに復活したって!どうして教えてくれなかったの?兄さん、今朝新聞読んでたじゃない!!」


大声を出すのが慣れていないからか、ミナトは何度か咳き込んでいる。
そのミナトの背を優しくさする世羅の顔が恐怖に引きつっているのを見て、カナデはまた仕事へと戻った。


「どうせデマだろ?あんなの
お前、ちゃんと新聞読んだのか?」

「……読んだよ、だから、」

「あれにはヒワダタウンでポケモンの失踪……その原因が黒い服着た集団
もしかしたら復活したかもしれないってだけ書いてあっただろうが
あまり考えるな、あのことは」


じっと、何かを訴えかけるように見つめられる視線から、ミナトは目を逸らした。
足音をたててまた研究所の中へと戻っていたミナトの背を見送り、カナデは大きくため息をついた。


「……こりゃ、しばらく様子見だな」


面倒くさそうに自身の髪の毛をかき混ぜて、カナデは再び仕事に手をつけ始めた。


prevnext

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -