花曇りの空 | ナノ

11


「ミニリュウ、キミに頼んでいい?」

「ああ、かまへんで」


ここで世羅とトゲピーをバトルに出す訳にはいかない。
現在ミナトの手持ちは三匹いるが、実質こうしてバトルが出来るのはこのミニリュウだけだった。
そっと少年の腰を見れば、ボールがあるのはワニノコのものだけだった。
数では互角。決まるのはトレーナーの腕次第と言うことか。
ミナトは一度小さく息を吐いた。


「ワニノコ、“みずでっぽう”!」

「“りゅうのいかり”」


少年から指示を出されたワニノコは少々戸惑いながらも、大きく口を開き勢いよく水の塊を発射した。
それでも言うことを聞いたのは自分が研究所から盗まれた自覚がないからか。
しかしそれ以上にワニノコの元々の性格も関係しているだろう。
あのワニノコは、少々やんちゃで好戦的なところがあった。
“みずでっぽう”を“りゅうのいかり”で相殺され、ワニノコは楽しそうに瞳を輝かせている。


『すっげーな!あんた!』

『そら、ありがとさん……ほら、よそ見しなや』

「ワニノコ、“ひっかく”だ!」

『おおー!やるぞー!!』


きらきらと楽しげに瞳を輝かせたワニノコは鋭い爪を振りかざし、ミニリュウへと走りかかってくる。
そんなワニノコとは対照的に、指示を出す少年の顔は険しい。
そしてそれは少年だけでなく、ミナトの表情も同じだった。


「ミニリュウ、かわして“まきつく”」

『了解や!』


するりと細いその体をくねらせて攻撃をかわしたミニリュウは、ワニノコへ2mを超える体を器用にワニノコへ巻き付け締め上げる。
ワニノコが苦しそうに藻掻くが、ミニリュウは手加減こそすれ、その攻撃を緩めはしなかった。


『く、るし……!』

「ワニノコ、ミニリュウに“かみつく”!」

『りょー、かい!』


少年の指示と共に、ワニノコは自分の口元に一番近いミニリュウの体に勢いよく噛みついた。
その鋭い痛みに怯んだミニリュウは、ワニノコの体の拘束をほんの少し緩めてしまった。
ばたばたと藻掻くワニノコに慌てて巻き付くが、またしても噛みつかれ痛みに顔を歪める。


『いった!ちょ、痛いねんけど!牙!牙ささっとる!!』

『ほっへ!ほへひははふはら!!』

『何言うとるかさっぱりや!はーなーしーやー!!』


ミニリュウは“まきつく”を自ら止めると、勢いよく尾を振り回し始めた。
遠心力で叩き落とそうとしているらしい。
しかしそれによってワニノコは、落とされまいと更に深くミニリュウへ噛みついた。


「だめだよミニリュウ、ワニノコは目の前で動くものがあれば何でも噛みつく習性があるんだ
むやみに動いちゃだめ」

『そ、そう言うんはもっとはよお言って欲しいわ……!』

「ごめん」


ミニリュウの抗議の声に小さくそう返したミナトは、もう一度ミニリュウとワニノコを見る。
何かこの状況を打開する策はないかと頭を回転させるが、いかんせん慣れないことでうまくいかない。
悩む間も時間は止まらず、どんどん先へと行ってしまう。


「ワニノコ!“にらみつける”から続けて“かみつく”!」

『がってん!』


一度噛みついている部分から離れたワニノコはミニリュウへ鋭い瞳を向ける。
一時的に防御を下げられる攻撃不味いと思ったのもつかの間、再度ワニノコはミニリュウは噛みついた。
奇しくもそこは先ほどまでワニノコがミニリュウに噛みついていたところで。
予想以上のダメージにミニリュウはうめき声をあげて倒れ込んだ。


「ミニリュウ……」

『す、まん…ちょい待ち……すぐ立ち上がるわ……!』

「……いいよ、もう」


ぐっと首に力を入れて立ち上がろうとするミニリュウを制し、ミナトはミニリュウへの前へと立ちふさがった。
その行動にミニリュウはショックを受けたように固まると、眉を寄せて顔を逸らした。


「ボクに戦えるポケモンはもういないよ……それでも、まだやるかい?」


万が一、まだミニリュウを攻撃されるようでは困る。
ミナトは注意深く少年とワニノコを観察した。
そんなミナトに、少年はあっさりとワニノコをボールへ戻すとミナトを嘲笑った。


「ないな、お前らみたいな弱いやつに興味はない
俺にはやることがある、さっさとどこか行け」

「……そのためにワニノコを盗んだの?」

「負けたお前に言うことなんか一つもない」

「……」


睨み付ければ鼻で笑われ、少年はミナトの脇をすり抜けて30番道路へと行ってしまった。
その背が見えなくなるまで見送ったミナトは、ミニリュウを見下ろして、そっと抱き上げた。


「……ごめん、すぐポケモンセンターに連れてくから」

『すまんなあ……』

「大丈夫か?ミニリュウ」

『平気や、ちょこっと疲れただけやで』


その返事を聞いたミナトと世羅、そしてトゲピーは急いでポケモンセンターへ駆け込んだ。
昼間ということもありセンター内は思ったより混雑していない。
ミナト真っ直ぐカウンターへ走ると、ジョーイへ声をかけた。


「すいませんジョーイさん……この子をよろしくお願いします
さっきバトルしてダメージを受けてしまって……」

「まあ大変……!ラッキー、すぐに処置を
あなたはここで待っていて!」

「……はい」


ミニリュウをジョーイへ見せれば、ジョーイは慌てたようにラッキーへ声をかけ奥の処置室へと駆け込んだ。
結局ミニリュウが自身のポケモンではないことを告げる暇がなかったミナトは、処置が終わるまでセンター内に留まることとなってしまった。


「ミニリュウ大丈夫かなー?」

「受けたのは“かみつく”だから大変なことにはならないだろうけど……」

「本人も疲れたって言っていたから、疲労の方が大きいかもしれないな」

「そっかー……」


じっと処置室のドアを見つめていたトゲピーはミナトと世羅の言葉に安心したのか、そっとセンター内のソファへ腰を下ろした。
そして物珍しげにセンター内を見回している。


「そんなに珍しいのか?ポケモンセンターが」

「初めてきたからねー!へー……色々置いてあるんだね!テレビとか本とか!」

「旅してるトレーナーが泊まる設備も備えてあるからね……情報入手にテレビや雑誌は自由に使っていいんじゃなかったかな……確か」


ミナト本人もポケモンセンターの使用はしたことがなかったため、少々曖昧な説明となってしまった。
しかしトゲピーは特に気にしていないのか、くるくると本棚を見渡す。
そしてあっと声をあげた。


「新聞も置いてあるんだねー!これ今日、僕ポケモン爺さんの家で見たよー」

「……新聞、読むのか」

「むっ!読むよー!常識は必要だもの!」


まるで自慢するように、トゲピーは胸を張ってそう宣言している。
自慢げに主張するトゲピーの姿はとても微笑ましいだろうが、この場でそのことを思う人物は一人としていなかった。
ミナトはその横ですっと今日の朝刊に手を伸ばした。


「ミナト?」

「そう言えば今日の新聞は見てなかったと思ってさ……ミニリュウの処置が終わるまで読んでようかなと」

「……そう言えば今日はカナデが読んでいてまだ読んでなかったな」


ミナトはそこで、今朝方義兄が珍しく食い入るように新聞を見ていたことを思い出した。
一度首を捻り、新聞へ目を落とす。
そこで、その新聞の、一番の見出しを見て大きく目を見開いた。

ばさりと、ミナトの両手から新聞が音を立てて落ちる。


「ミナト?どうかしたのか……!!」


突然新聞を取り落としたミナトの視線の先を追った世羅も、その新聞の見出しを見て動きを止めた。
トゲピーだけが理解が出来ないという風に声をあげるが、二人の耳にはもはや雑音としてしか認識されなかった。


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