花曇りの空 | ナノ

10


『ねえねえー!ワカバタウンってどういうところー?』


ポケモン爺さんの家を出てからしばらくして、ボール内のトゲピーがそう声をあげた。
終始無言で森の中を抜けていたミナトは、ぴたりと足を止めた。
そして少し先を歩く世羅へ、一度浅く頷いた。


「トゲピーが、これから行くところはどんなところか、と」

「ワカバタウンね……いいとこだよ、静かで」

「自然も多いしな、のびのびと暮らせると思う」


世羅が先ほどトゲピーが言ったことを繰り返せば、ミナトは止めた足をもう一度動かし始めた。
そんな一瞬の、しかし少しおかしいその行動に、ミニリュウだけが首を傾げた。


『ねえ、僕ボールから出てもいい?ここ窮屈ー!』


かたかたとボールを揺らすトゲピーに、ミナトは一度頷くとボールを放った。
飛び出すようにボールから姿を現したトゲピーは一瞬で擬人化の姿を取ると、ぐっと背伸びをした。
年はミナトよりも少し下だろうか。
白いさらさらの髪に、黒目がちのぱっちりとした瞳が印象的な、可愛らしい少年だった。


「んー!やっぱりボールの中より外だよねー!」

「そういうものなんだ?」

「そうだよー!お嬢さんだって部屋の中より外で太陽に当たる方が気持ちいいでしょ?」


にっこりと純粋な笑みを浮かべたトゲピーは、ぱちりと見事なウインクをしてみせた。
先ほどのお嬢さん発言といい、年齢に似合わずフェミニストのようだ。
そんなトゲピーの言動に一度瞬きをしたミナトは、すっとトゲピーから顔を逸らした。


「……さあ、どうだろうね」


逸らした先には、もうヨシノシティが見えていた。
あの町を抜けて、ワカバタウンへ戻れば短かったミナトの旅も終わりだろう。
ミナトは小さく息をついた。


「おおー案外早かったなあ……」

「そうだな」

「もうちょいでお別れやって考えるとちょい寂しいもんがあるなあ」


はは、と乾いた笑みを浮かべたミニリュウに世羅も同意するように小さく頷いた。
一人、状況が読めないトゲピーだけが首をことりと傾げている。


「そうだね、ここまでありがとうミニリュウ」

「ええて、そんなん……で、気は?」

「変わらない」

「……さよか」


少しも迷う様子のないミナトの返事に、ミニリュウは少し寂しそうに笑った。
その笑みに背を向け、ミナトは二度目のヨシノシティへ足を踏み入れた。
そんな三人の背に、トゲピーが食い気味に声をあげた。


「ねえ!ミニリュウはお嬢さんのポケモンじゃないのー?」

「ん?ちゃうでー口説いて失敗したんや」

「へー……だっさーい!」

「おおおおい!?こっちはちょいとへこんでんねんけど!?笑顔でえっぐいこと言うの!!」


きゃらきゃらと笑い声をあげるトゲピーに、ミニリュウが指さして大声をあげる。
するとトゲピーはまたそれが面白かったのか、笑い声を大きくした。
途端に賑やかになった場に、ミナトは理解が追いつかないとでも言いたげに目を瞬かせた。


「……賑やかだな」

「……ちょっとうるさいくらい」

「悪くないだろう?」

「……知らない、興味ない」


前を歩くトゲピーとミニリュウのちぐはぐな背を見て言われた世羅の言葉。
ミナトはそれすらも顔を逸らして続きは聞こうとしなかった。
そんなミナトの様子を見つめる世羅の視線の端に、紅い色が写った。
同時に、ミナトの目にもその鮮やかな紅が写る。

すっと、こちらを見た紅髪の少年の、紅い瞳と目があった。


「……お前、トレーナーだな」


切れ長と説明するだけでは足りない、鋭すぎる目がじっとこちらを睨み付けていた。
少年の手は、もう自身の腰のモンスターボールに手がかかっている。
そんな少年の態度に、知らずこちらの態度も剣呑なものとなった。


「……一応、トレーナーカードは持ってるよ」

「じゃあポケモン持ってんだろ?出せ
俺とバトルしろ」


少年の言葉に、先を歩いていたミニリュウとトゲピーの方を見ればミニリュウは真剣な顔をしてこっちを見ていた。
…バトルを受けると、いうことか。
一度世羅を振り向けば、彼は意図を理解したようにトゲピーの元へと駆けていった。


「無駄だろうけど一応聞きたい、どうしてバトルをしなきゃいけないの?」

「……強くて勝てるポケモンがほしい、それだけだ」


そういうと、紅髪の少年は手をかけたボールを勢いよく投げた。
小さな光と共に、中にいたポケモンが飛び出してくる。
そのポケモンにミナトと世羅は目を見開くこととなる。


「ワニノコ……!?」


そこにいたのは、おおあごポケモンのワニノコ。
通常、ジョウト地方で初心者に預けられるポケモンの一匹だった。
それだけならば、少し前に旅に出たトレーナーが連れているポケモンだと思うだろう。
しかし、二人にはそのワニノコに見覚えがあった。


『ん……あー!ミナトに世羅だー!!』


そして、それは目の前のワニノコにも。
ワニノコは無邪気に、目の前にいるミナトと、そしてその少し後ろにいる世羅へと手を振っている。
間違いがない。
ウツギ研究所で育てているワニノコだった。


「……盗んだって、こと……」


そう小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かず消えた。


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