花曇りの空 | ナノ

09


30番道路。
ヨシノシティに大きな用事のないミナト達は、その町を素通りして次の道路へ足を踏み入れた。
道は北に真っ直ぐ伸びており、この先はキキョウシティへと繋がっている。
新人トレーナーだろうか。
何人かが道路から少し外れたところでバトルをしていた。


「あっちの道行くとキキョウシティや、こっちは結構トレーナー多いから近づかん方がええで
ポケモン爺さんの家がどれかは分からへんけど、こっちの道の外れに家が一軒建ってる言うのは聞いたことあるで」


賑やかな道とは反対の、森の中を突っ切る形となっている道を指したミニリュウは丁寧にそう説明をした。
ミニリュウのその説明にミナトと世羅は意外そうに彼の顔を見上げた。


「……詳しいね、前にこの辺にいたの?」

「あー……まあな、ちょこっとだけおったで」

「そっか……じゃ、キミの言うとおりこっちの道行ってみようか」

「そうだな」


今まではきはきと快活に話していたミニリュウが、ミナトの素朴な疑問に急に歯切れが悪くなった。
苦笑いを浮かべ、軽く頬を掻くミニリュウはそっと視線を外へと向ける。
まるで聞いてくれるなとでも言うようなミニリュウの行動に、ミナトと世羅は素直に従った。
そして深く追求することなく、先ほどミニリュウが示した方へ足を進める。
すると、今度はミニリュウの方がぱちぱちと目を瞬かせた。


「……詳しく聞かへんねんな?」

「まあ……聞かれたくないことの一つや二つ、あるでしょう?」

「……せやな、お互いそう言うん聞くんはなしにしよか」


へらりと笑みを浮かべたミニリュウに、ミナトは足を止めてミニリュウをじっと見上げた。
先を歩く世羅の、草を踏む音だけが響いている。
無感動なその表情の中で、唯一口元だけが何か音を発しようと微かに動く。
わずかに構えたミニリュウの背に、先を歩いていた世羅が戻ってくる足音が聞こえた。


「向こうの方に家が見えたぞ、あれじゃないか?」

「!お、ほんまかー?じゃあ行ってみるとするか!」


世羅の声に振り返ったと同時、ミニリュウはにかりと笑みを浮かべていた。
ミニリュウがミナトから離れ、世羅と並んだところで、ミナトは一つ大きく息をついた。




世羅が手招きををして呼ぶ方には、森の中にひっそりと佇むようにして建っている一軒家があった。
表札にはあらかじめ聞いていた名前がきちんと書いてある。
ドアの横には小さめのインターフォンが置かれていた。
指を伸ばして押してみれば、家の中に響き渡るチャイムの音が聞こえてきた。
そして、それを追いかけるような少し重い足音も。


「はいはい……おや、こんなところに珍しいね」

「初めまして、ミナトと言います
ウツギ博士のお使いで来ました」


ドアを開けたのは茶色のスーツに揃いのハットを被った老紳士だった。
始めは怪訝そうな顔をしていた老紳士だったが、ミナトが名を名乗るとふわりと表情を緩めた。
どうやらこの老人がお使い先のポケモン爺さんのようだ。


「ああ、君がミナトちゃんか!ウツギ君から話は聞いてるよ
こんなところまで来てくれてありがとう、さあ中へ入っておくれ」

「お邪魔します」


優しげな笑みを浮かべたポケモン爺さんに軽く会釈をして、ドアをくぐり抜ける。
木目調の柔らかな雰囲気の玄関には、少し履きつぶしたような草臥れた靴が一足並べて置いてあった。
この老紳士が履くにしては少々似合わないその靴に一度首を傾げたミナトだったが、尋ねることはなくその隣に自分も靴をそろえた。


「君がミナトちゃんと言うことは、どちらかは世羅君かな?」

「あ、はい……オレが世羅です」

「そうかい、よく来たね……じゃあ、そちらは?」


世羅が頷いたところで、老人は擬人化したミニリュウの方を向いた。
事前の連絡で向かったのは二人だけだということを聞いていたのだろう。
一人多いその姿を単純に疑問に思ったらしい。


「彼は途中の道で会ったんです、ボディーガードをしてくれるって」

「ミニリュウや!お邪魔するでー」

「ははは、それは頼もしいね」

「……」


ポケモン爺さんの案内で家の奥へと通される。
恐らくリビングであろうところには、もう一人老人がいて一心不乱にパソコンの画面を覗いていた。
玄関にあった、あの履きつぶした靴はおそらくあの老人のものだろう。


「今日君に来てもらったのはね、ウツギ君にこのポケモンを預けたいと思っていたからなんだよ」


そう言ってポケモン爺さんが取り出したのは、一つのぴかぴかのモンスターボールだった。
ポケモン爺さんはそれを軽く放り、中にいるポケモンを外へと出してやる。
軽い音を立てて現れたのは、一見タマゴと見間違うかの容姿をしたポケモンだった。


「そのポケモンははりたまポケモンのトゲピーと言うんじゃ」


じっと現れたポケモンを見つめていれば、もう一人の老人の声がかかった。
いつの間にミナトがいることに気が付いたのか、老人は笑みを浮かべながらもこちらを見定めるそうな瞳をしていた。
思わず居心地が悪くなり、ミナトは自身の長い前髪をいじった。


「幸運を分け与えるポケモンだと言われておるんじゃよ」

「そうなんですか……あの、」

「ん?」

「もし違ったらすみません……もしかして、カントー地方のオーキド博士ですか?」


伺うように老人を見やれば、老人は一度きょとんとした顔をし、それから満面の笑みを浮かべた。
どうやらポケモン界の権威が、今目の前にいるらしい。
後ろに立っていたミニリュウが大声を上げて驚いている。


「オーキドって!めっちゃ有名な博士やん!なんでこんなとこおるん!?」

「彼から珍しいポケモンのタマゴを譲り受けたと聞いての…慌てて飛んできたんじゃよ」

「……随分行動的な博士なんだな」

「何事も自分の目で見て、感じて、聞いたことが一番じゃからな」


そうからりと笑うオーキドに、ミナトは始め持っていた印象ががらがらと崩れるのを感じた。


「エンジュシティの知り合いから譲り受けたんだがね……見ての通りは私はもうじいさんだ
こんなじいさんのところで二人で過ごすよりは、ウツギ君のところで賑やかに過ごしたほうがいいと思ってね……
それにこの子はとても珍しいポケモンだ、彼の研究のためにもなるだろう」

「カントーよりは慣れたジョウトの気候の方がこのトゲピーにもいいしの」


そう語りながらトゲピーの頭を撫でている老人が、少しだけ寂しそうにミナトには見えた。
トゲピーはきょとりとポケモン爺さんを見つめ、そして次にミナト達へと視線を移した。
ポケモン爺さんはトゲピーを抱え上げると、にこりと優しい笑みを浮かべた。


「頼んだよ、ミナトちゃん」

「……はい、必ず届けます」


そしてボールと一緒にトゲピーを受け取ったミナトは、一度真剣に頷いた。
じっとこちらを見つめるトゲピーをミナトも見つめ返す。


「……ミナトです
キミをウツギ研究所へ連れて行くからね」

『そっかーちょっとの間だけどよろしくねー!』


あらかじめ聞いていたのか、意外とすんなり頷いたトゲピーはにこにこと満面の笑みを浮かべていた。
数度瞬きをしたミナトだったが、一度曖昧に頷いてトゲピーをボールへと戻した。
ミナトの腰には今、ボールが二つだけ下げられていた。


「じゃあ、ボク戻りますね」

「おや、少し休んでいかないかい?道中疲れただろう?」

「大丈夫です、ウツギ博士にも早くこの子を会わせてあげたいですし……
お邪魔しました」


丁寧にそうお辞儀をすれば、ポケモン爺さんは一度頷いて玄関まで付き添ってくれた。
きちんとそろえられた靴に足を通す。


「じゃあ、今日はお邪魔しました」

「わざわざお使いにきてくれてありがとう
よかったら今度また、ゆっくり遊びにおいで」

「……はい」


ミナトはもう一度ポケモン爺さんへ頭を下げると、ドアを押し開き出て行った。
残された老人は一つため息をつく。
そして背後の旧知を振り返った。


「……まだ引きずっているようじゃのう」

「あの子を知っているのかい?オーキド」

「間接的にじゃよ」


そう言ってオーキドはミナトが出て行った扉を見つめた。


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