花曇りの空 | ナノ

06


「ハンカチ持った?ティッシュは?」

「持ったよ、大丈夫」


あっという間に次の朝を迎え、ミナトは肩から鞄を提げて玄関に立っていた。
鞄の中身は軽い昼食と、少しの傷薬、そして大量の虫除けスプレー。
いかにも心配です、と言うように眉をハの字に寄せるスズネに、ミナトは少々困った様に頬を掻く。
まるでミナトが初めて旅に出るとでも言うような雰囲気だ。


「落ち着けよお袋、たかがお使いだろうが」

「でも!初めてのお使いなのよ!!心配だわ……」

「初めてって……こいつ、今何歳だと思ってんだ」


おろおろと落ち着きのないスズネに、カナデは呆れた様にため息を吐いた。
三年前の自分の旅立ちの日は、満面の笑みを浮かべて見送ったものだが。
自分とは対照的な母親の態度に、カナデはもう一度深くため息を吐いた。
ついでと言わんばかりに手元の新聞に目を落とし、一度その紙面を睨み付けた。


「兄さん、どうかしたの?」


そんなカナデを不思議に思ったミナトが、そっとカナデが見ていた新聞を見る。
しかしミナトがその内容を把握する前に、カナデは新聞を閉じ綺麗に半分に折ってしまった。


「いや、何でもねえ……気を付けて行ってこい」

「いたっ」


そしてミナトの額を綺麗な指でばちりと弾くと、新聞を抱えて部屋へと戻っていってしまった。
いきなりデコピンされたことと、カナデの気を付けろの言葉の二つ。
ミナトはそれに呆然とした様に、額を抑えたままその場に立ちつくしていた。


「世羅、危ないことはしないでね
ミナトのこと、守ってあげてね」

「もちろんです」


そんなミナトの背後では、スズネが世羅の手を握ってそう言っていた。
躊躇いなく肯定を示した世羅は、一度大きく頷く。
そんな二人の会話にミナトは我に返ると、鞄を抱え直し靴に足を突っ込む。


「……大丈夫だよ、母さん
そろそろ行くね」

「いってらっしゃい、気を付けて」

「夕飯までには戻ります」

「分かったわ」


靴ひもをしっかり結び、ドアを押し開ける。
笑顔を浮かべ手を振るスズネに一度軽く頭を下げ、ミナトとお使いへと出かけた。






***


二つに畳んだ新聞を小脇に抱え、カナデは自室のドアを少々乱暴に開ける。
部屋の窓からミナトと世羅が出かけたことを確認し、カナデは椅子を引きもう一度新聞を広げた。
そこに踊る文字の内容に形のいい眉を寄せると、深く深くため息をこぼした。


「今日は珍しく一人で職場へ行ったかと思えば……何を悠々と新聞など読んでいるのだ、貴様は」


開けっ放しのドアから、そう堅い声が部屋内へ響いた。
カナデがちらりとそちらへ目を向ければ、予想出来ていた姿。
カナデのパートナーである、バシャーモの紅の姿があった。
隠しもしないカナデの舌打ちに紅の眉間にもぎゅっと皺が寄った。


「うるせ、お前もこれ読めば理由くらい分かるだろ」

「何……っ」


振り返るのと同時に、また二つ折りにした新聞を紅へ投げつける。
難なく受け止めた紅に、カナデは再度舌打ちを送った。
紅は投げつけられた新聞を開き、暫く読み進める。
淀みなく進んでいた視線が、あるページのある記事でぴたり止まった。


「これは……!」

「ったく、しぶとい奴らだ」


目を見開いて記事を見ていた紅は、先程よりも濃い皺を眉間に刻む。
早足でカナデの近くまで来ると、デスクに新聞ごと手を叩き付けた。
ばんっと鈍い音が響く。


「……いったい、どうするんだ」

「とりあえず隠しておく」

「隠してどうする、」

「言ってどうなる」


机に片腕を置き、頬杖をついたカナデの言葉に紅は言葉を詰まらせるように押し黙った。
悔しげに寄せられた眉と、叩き付けられた拳を強く握った様子からよく分かる感情の変化。
紅の手に握られた新聞がぐしゃりと音をたてた。


「これを見たあいつらがどうするかなんて、決まり切ってるだろ
見せる訳にはいかない」

「……そうだな、奴らにはまだ早い」

「まだどころか一生早いっつーの」


紅の手の中でぐしゃぐしゃの紙束となってしまった新聞紙を受け取り、そのままゴミ箱へと投げ捨てる。
綺麗な放物線を描いたそれは、ゴミ箱の縁へと当たり床へ転がった。
カナデの舌打ちが部屋に響く。


「……復讐なんかさせるかよ」

「同感だ」


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