花曇りの空 | ナノ

02


右隣から渡された茶碗を片手で受け取り、逆の手で水滴を拭う。
流れ作業の様な仕事を、ミナトと世羅は無言で行っていた。


「博士の家に行くのか?」


不意に、思い出したかの様な世羅の口調に一度だけ彼の顔を見上げる。
すぐに視線を次に受け取った皿に移すと、小さく頷いた。


「他にやることないし、そうする」

「じゃあオレも行く」

「世羅も?」

「ダメか?」


しばらくジッと世羅の顔を見る。
やがてふっと顔をそらして、洗った食器を食器棚へと戻していった。


「別にいいんじゃないかな
ボクも特に用があって研究所に行くわけじゃないし」

「そうか、分かった」


背を向けたままの了承に、世羅は小さく笑みをこぼして残った食器を手に取る。
黙々と片づけているミナトの傍に寄ると、手に持った食器を手渡していく。
先ほどの質問の問いを、ミナトがわざと有耶無耶にしたのは気にしないようにしていた。


「あら、二人ともこれからウツギ博士のところに行くの?」

「……母さん」


ドアを少しだけ開けて、顔だけ覗かせた妙齢の銀髪の女性―スズネ。
可愛らしいその仕草はおよそ二十歳越えの子どもがいるようには見えない。
おっとりとした声音は聞く者を和ませる。


「うん、行くよ」

「ならちょうどよかったわ
実はね、カナデがお弁当持っていくの忘れちゃったみたいなの
ミナト、届けてくれる?」


ゆるく首を傾げたスズネの腕には大きめのバスケットが抱えられている。
一人分にはしては多めだが、ミナトは小さく頷いてバスケットを受け取った。
飲み物も入っているのか、少し重い。


「ごめんね、女の子に重いもの持たせちゃって」

「平気、だよこれくらい」

「無理しなくていいのよ
世羅、大変そうだったら代わってあげるのよ?」

「もちろんです」


そう言うやいなや、世羅はミナトの腕に抱えられていたバスケットを浚う様に持ち上げた。
見た目は美女の様だが、やはり男性。
しかも毎日紅に鍛えられている世羅は軽々とバスケットを抱え上げた。


「多分、あなたたちもお手伝いに行くと思って多めにいれておいたのよ
遠慮せずに二人も食べるのよ」


優しく、優しく微笑んだスズネに、ミナトは一度困った様に視線を泳がせる。
小さくありがとう、と呟くとそそくさと部屋を後にした。
そんなミナトを世羅も慌てて追い始める。
きちんとスズネに頭を下げてから。


「……あの子達、いつになったら私達に心を許してくれるようになるのかしら……」


もう三年になるのに、と呟いたスズネは大きく首を横に振った。
まるで、間違っているとでも言うように。
そう、ミナトはスズネの本当の子どもではないから。





***



「こんにちは、博士」

「あっミナトちゃんかい?こんにちは」


バスケットを持ったミナトと世羅ににこやかに笑いかけたのは、ワカバタウンのポケモン博士であるウツギだった。
この柔和な笑みを浮かべる博士の下で、ミナトの義兄カナデは働いている。
その縁でミナトと世羅も時折その手伝いへとこの研究所へ足を運んでいた。
最近では、もう後一月程したら旅に出ると言う子の為に初心者用ポケモンの調整を手伝っていた。


「カナデさんは、」

「カナデ君だったら今はワニノコ達の所にいるよ」


一度研究所内を見渡して兄の姿が見えないと思えば、どうやら当のカナデは研究所の外にいたらしい。
ウツギのその言葉に、ミナトと世羅は一度顔を見合わせる。
それは、非常に拙い気がする。


「カナデさん、一人で?」

「……あ!」

「ウツギ博士……」


ウツギはミナトの言葉に、すっかり失念していたと言うように大きな声を上げた。
分かりやすく慌てるウツギを置いて、ミナトは研究所の裏口の方へ足を進める。
研究所の裏口から外に出ると、研究所のポケモン達を放牧する庭の様な場所がある。
カナデ達がいるのは恐らくそこだろう。
すたすたと足を進めるミナトを、世羅は近くにあった比較的綺麗な机にバスケットを置いてから追いかけた。


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