02
さわさわと、草木や木の葉が風に鳴く音が響いている。日は沈みかけ、見上げた空は見事な橙と藍のグラデーションに彩られていた。
アカネとのジム戦を終えたミナト達は、37番道路へと足を進めていた。ミナトの鞄の底にひっそりと仕舞われたケースには、バッジが3つ納まっている。
「天凛‘’たつまき”」
額の珠を光らせた天凛は、首を振り上げると何も無い空間に巨大な竜巻を発生させた。近くのものを丸ごと飲み込むかのような風の渦に、相対していた桃色の体は丸ごと飲み込まれた。
「あー!プリン!」
「あー!ピッピ!」
丸くデフォルメされたような愛らしい二匹は、竜巻が止むと共に地面に放り出される。ぽんぽんと弾むように数度跳ねた二匹は、勢いよく頭を横に振ると力強く立ち上がる。まだまだやる気のプリンとピッピ、そしてそのトレーナーの双子達に、ミナトは容赦なく攻撃を仕掛けた。
「吏焔は“ひのこ”で牽制、天凛は“アクアテール”」
長い尾に水流をまとわせた天凛の尾に、プリンとピッピは避けようと足を踏み出す。しかしその動きは、回り込むように襲いかかる吏焔の火の玉によって阻まれていく。火の粉を避けるように慌てて避けた二匹の目の前には、天凛の尾が迫り、そして振り抜かれた。
軽く吹き飛ばされた二匹は、目を回したように倒れ込んでいて、バトルの続行は困難であることが一目で分かる。駆け寄った双子の少女達は、いたわるように互いのボールにプリンとピッピを収めて、悔しそうに頬を膨らませた。
「負けちゃったー」
「おねえさんつよいねー」
「…...どうも」
少ないながらも二人からファイトマネーを受け取り、丁重に財布へと落とす。ありがたく消耗品や食品へと消えていくだろう。
財布の代わりに天凛と吏焔のボールを両手に持ったミナトは、先ほどまでバトルに参加していた二匹を振り返った。勝ったことを誇るように胸を張る吏焔の横で、天凛は仕切りに首を左右へ傾げている。どこか様子のおかしい天凛に声を掛けようと口を開いた瞬間。彼は大きく身震いした。
具合でも悪いのかと一歩近づけば、天凛の体は眩いばかりの光を放ち出す。ふわりと暖かくも力強いその光は、天凛を包み込み、収縮し、そして弾けた。
『お、おおっ?』
『おや、進化ですか。おめでとうございます』
弾けた光の中から姿を表したのは細い体。ミニリュウの時よりも倍近い大きさにまで成長した天凛は、ハクリューへと姿を変えていた。水晶の様な玉は額に一つ、尾に二つと数を増し、美麗な姿は思わずため息をついてしまいそうなものだ。
そんな容姿とは裏腹に、未だ自分自身に起こったことに理解が追いついていないのか、天凛は惚けたような声をあげた。ミナトの手持ちの中で、唯一進化を経験したことのある柘黒だけが、冷静に言葉を返している。
「わー!わたし進化ってはじめてみた!」
「わたしも!」
すごいすごいとはしゃぐ双子に、天凛はやんわりと笑みを浮かべた。天凛本人も未だ夢心地のような感覚なのか、変わった自分の体を見回し、動きを確かめるかのように尾を振っている。
ひとしきり満足したのか、落ち着いたように一つ息を吐いた天凛は、納得したように声を上げた。
『あー、最近妙に落ち着かんと思うたんはこれのせいやったんやな』
「そうなのか?」
『おん。体動かしゅうてたまらなかったんや』
進化の兆候でもあったのだろうか。アカネとのジム戦でもやけに張り切っていたように見えたのは気のせいではなかったらしい。
先ほどの、進化の際に放ったものとはまた別の光が天凛を包み込むと、そこにはハクリューではなく擬人化した天凛の姿があった。長く豊かな、緩やかなうねりを伴った髪は少し青みを増している。
「ほー、進化してもそない変わらんなこっちは」
健康的な色をした両手を確かめるように握っては開くことを繰り返す。ぐっと伸びをすれば、ぱきぱきと骨が鳴る音がした。
「あのねあのね、おねえさん!」
「こっちの道を行けばキキョウシティ、このまままっすぐ行けばエンジュシティだよ!」
「すごいもの見せてくれてありがとー!」
親切で素直な双子の少女は、交互に東と北を指さしながら教えてくれた。それにミナトは頷き一つ返せば、二人は手を大きく振ってキキョウシティの方へ体を振り向かせた。そちらに彼女たちの家があるのだろうか。楽しげに笑って、はしゃぎながら駆けていった。
「おめでとう、天凛」
「おおきに、世羅」
賑やかな少女たちの姿が見えなくなり、しんと静けさが辺りを包んだ頃。世羅が天凛へと祝福の言葉をかけた。少々照れたようにその言葉に返した天凛は、伺うように柘黒の入っているボールを見つめている。
こと進化に関して、柘黒にとっては苦い思いが付きまとうものだろう。気遣うような天凛に対し、柘黒は特に気に触った様子も見受けられなかった。
『ひとまず今日はエンジュシティに向かうんですか?』
「そうだね。部屋が取れるといいけど」
話を長引かせないようにか、ただ単に気にしていないのか、柘黒はあっさりと話をすり替えた。未だ日は高いが、先ほどのようにバトルをしていればあっという間に太陽は沈んでしまうだろう。何もバトルの相手はトレーナーだけではないのだ。
草むらや、背の高い木の間からはポッポやオドシシ、ロコンやガーディがこちらを伺うように覗いている。そういえば吏焔の故郷はこの当たりだったか。ミナトの脳裏に、吏焔とガーディと共にドーブルを捕まえた記憶が蘇り、消えていった。
『それなら急いだ方がいいんじゃない?エンジュは観光地でもあるから、割と混むよ』
早口でそう告げた吏焔はどこか不機嫌そうにそう告げた。天凛からツンと目をそらし、先を促している。特に反論する理由もないため、ミナトは吏焔と天凛をボールへ戻すと、エンジュシティのある北へと足を進めた。
草影から目を丸くしてこちらを見ている黄色と茶の体躯に、吏焔がぎりりと歯を剃り合わせた。
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