花曇りの空 | ナノ

11


叩きつけるように降っていた雨も、ポケモンセンターにつく頃には小降りとなっていた。
途中から傘を差し出したとは言え、頭の先から爪先まですっかり濡れ鼠となってしまった柘黒は、ミナトが先ほど風呂場へと押し込んだところだった。
彼が歩いた後が、水滴となって点々と残っている。
未だ帰ってきていない天凛は、誰よりも気配に聡い世羅が迎えに行った。
今現在、借りている部屋にいるのはミナトと吏焔だけだ。


「なんであいつがいるわけ!?」


耐えきれないというように吐き出された吏焔の怒声に、ミナトは一度瞬きをする。
吏焔の指すあいつが柘黒のことであるとすぐに思い当たったミナトは、吏焔が激高する意味を問うように首を傾げた。
全く柘黒を気にしていなかったミナトが、彼を連れて帰ってきたことも苛立ちの原因の一つなのだろう。
自分の思いを少しも理解してくれないミナトに対し、吏焔は自然と眉間に皺がよるのが分かった。


「自分の手持ちになったポケモンを連れてきたらだめなの?」

「は……」


しかしその表情も、ミナトによって告げられた言葉に崩れることとなる。
まるで信じられないとでもいうように目を丸くした吏焔を横に、ミナトは床に落ちた水滴を拭き取っていく。


「なんで急にあいつが仲間になることになってんの!?僕は認めないよ!!」


せっせと床を拭うミナトに、吏焔は吠えるように告げた。
なんでなんでと喚く姿は、さながら大きな幼児のようだ。
平均よりも小柄な彼ではあるが、年はそうミナトと変わりはない。
あまりに聞き分けのない、我が儘な様子に、ミナトの双眸も徐々に刺々しくなっていく。


「誰がキミに認めて欲しいなんて言った?」


一切温度を感じないような、平坦な口調だった。
それでも落とされたその言葉の意味は冷たく拒絶を表し、気づいた吏焔は眉を八の字にした。
はくりと、口を開いた吏焔だったが、結局はミナトから勢いよく目を逸らしてしまう。
八つ当たりをするように乱暴に床を蹴り上げ、がたりと大きな音をたてて椅子に腰を下ろした。
ミナトはそんな吏焔の一連の姿を赤い一つ目に収め、また何事もなかったかのように床を拭う。


「おやおや、喧嘩ですか?喧嘩するほど仲がいいと言いますし……羨ましいですねえ」


あらかた目立つ水滴を拭き取ったミナトの視界に、裸足の足が移り込む。
くすくすと笑う声につられるように顔を上へ持ち上げれば、そこには紅藤色の髪をしっとりと濡らした柘黒が柔らかく目を細めていた。
今までの会話を聞いていれば、そんな台詞が口をつくこともないだろう。
明らかにからかっている、もしくは嘲っていることなど誰の目から見ても明らかだった。
敏感にそのことを察知した吏焔は、キッと柘黒を睨みつける。


「ふふ、随分と可愛らしい子狐ですね?」

「ばかにしてんの?腹黒」


釣り上げられた猫目を笑み一つでさらりと流す柘黒に、吏焔の機嫌は降下を辿るばかりだ。
まるで苦虫を潰したような表情をする吏焔をひとつ、吐息で笑った柘黒に吏焔が噛み付こうと口を開く。
人目で険悪な仲だと言うことが見受けられて、ミナトは深々とため息をついた。
出会った当初はここまで悪くはなかったはずであるのに、いったいいつの間にここまで拗れてしまったのか。
もう一度ため息をついたミナトの耳に、騒がしい足音が近づいてくるのが届いた。
知らせを聞いた天凛が走ってきているのだろうか。
ミナトは、床の水気をぬぐって湿った布巾を片付けに、足音の正体も確かめずに部屋の奥へと足を進めた。


「柘黒!ああよかった……心配したんやで?風邪引いとらんか?」

「おやおや大袈裟ですねえ……」


ミナトが予想した通り、少々乱暴に部屋のドアを開け放ったのは天凛であった。
柘黒の姿を視界に納めて、天凛は心底安心したとでも言うように強ばった肩をゆっくりと落とした。
天凛に眉を下げた笑みを向けられた柘黒は、おかしそうに控えめな笑い声をこぼしている。
天凛よりも背の低い世羅が、部屋の中を見て小さく笑みを浮かべた。
一見穏やかに見える雰囲気の中、吏焔だけが拗ねたように顔を逸しているのが印象的だった。


「柘黒」


じゃれあいが一段落したころ、ミナトが布巾を片付けて戻ってきた。
相変わらず表情をひとつ動かさないミナトの赤い瞳が、ひたりと柘黒を見上げる。
なんでしょう、と小首を傾げて尋ねる柘黒に、ミナトは彼の眼前に右手を差し出した。
その差し出された右手のてのひらの中を見て、柘黒の表情が少しだけ強ばる。
はじめて、ミナトが柘黒の名を呼んだ瞬間だった。


「入るかどうかは、キミが決めて」


片手に収まる、蛍光の光をきらりと健気に反射しているモンスターボール。
真新しいそれは、柘黒のために用意されたものだった。
強ばった表情をゆるゆると笑みの形に持っていき、柘黒は何も言わずにぴかりと体を輝かせた。
青年らしいすらりとした体躯が縮み、ビロードのようになめらかな四肢を作り出す。
額に赤く灯る丸い珠を淡く光らせれば、ミナトの右手からふわりと、モンスターボールがひとりでに宙に浮かんだ。


『言ったでしょう?私にはもう、行く宛などないのだと』


エーフィの“ねんりき”であると気がつくと同時、柘黒の額にモンスターボールが軽い音を立ててぶつかった。
体積を無視して吸い込まれた柘黒は、抵抗も一切せずに、大人しくモンスターボールに収められる。
感動も何もなく、その様子をただ見つめていたミナトは、柘黒をゲットしたことを告げるように小さく光ったモンスターボールをそっと拾い上げる。
ボールを軽く放ると、当たり前のように柘黒が飛び出し、ゆるりと笑みを浮かべた。


『これからよろしくお願いしますね?』

「おお、よろしゅうな柘黒!せや、柘黒が仲間になったんや!お祝いせなあかんな?」

「……そうだな。夕飯は豪華にしなければ」


柘黒の言葉にいち早く反応したのは天凛で、つとめて明るく声を上げる。
それに同調したのは世羅であり、歓迎するようなその内容に、柘黒もにこりと口角をあげ、まなじりを下げる。
その笑みが酷く乾いていたことに気づいていたのは、吏焔だけだった。


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