花曇りの空 | ナノ

09


「……雨」


常よりも静かに感じた街並みは、どうやら雨のせいらしかった。
余計な雑音は全て掻き消され、ただただ単調な雨音だけが響いていた。
昨日へとへとになるまで連れ回された体は、退屈なリズムにゆっくりと眠りに落ちていく。
部屋に備え付けられたキッチンからは、世羅が朝食を作るいい香りが柔らかく鼻孔をくすぐった。
雨のせいか。少しだけ冷える足先を手繰り寄せれば、指はひんやりと冷たくなっていた。
摘むようにしていたカーテンを全開まで開けども、太陽の見えない空は暗く沈んでいる。


「お、もう起きとったんか」


ひょいと顔を覗かせて笑みを浮かべたのは天凛だった。
朝食の誘いに来るのはいつも決まって天凛であるから、今日もきっとそうなのだろう。
ミナトが身だしなみを整えに立ち上がると、天凛はまだボールの中で眠っている吏焔を起こしに行く。
吏焔は寝起きが悪いのか、声をかけられないと起きられないようだった。


「今日は雨やから寝やすかったんやないか?」

「……まあ」


雨の単調な音色や、どんよりと沈んだ空のせいか。
普段よりも深く眠りにつけるように感じるのはミナトだけではなかったようだ。
顔を洗ってすっきりと目が覚めたミナトは、料理の並べられたテーブルへと足を進める。
テーブルに肘をついている吏焔は時折あくびをかみ殺していた。
吏焔を起こした天凛は、まだこの場にはいないようだ。


「おはようミナト」

「ん、おはよ」

「おはよ、マスター」


ミナトが来ることが分かっていたのか、世羅は湯気の立つお椀を持って現れた。
鼻孔をくすぐるその香りは、みそ汁だろうか。
ふわりと懐かしい匂いが辺りを包んだ。
つられるようにミナトが椅子をひけば、少し遅れて天凛が追いつく。
何をしていたのかと思えば、天凛は少しだけ眉間に皺を寄せていた。


「さっき、柘黒が外にいたんや」


それは、部屋のカーテンを開けているときに見つけたらしい。
落ち着きなく視線を彷徨かせている天凛は、柘黒が心配で仕方ないのだろう。
それとは対照的に、吏焔は強く眉間に皺を寄せ不快を表していた。
世羅がテーブルに椀を置く音が静かに響く。


「この雨の中、傘もささんと歩いとったからちいっと心配でな」

「ほっとけばいいよあんな奴」


素っ気なく天凛の言葉を突っぱねた吏焔に、天凛は僅かに目尻を吊り上げた。
少々お人好しの気がある天凛には、今の吏焔の言葉は聞き流すことが出来なかったようだ。


「そうもいかへんやろ?このままやとあいつ、風邪引いてまうで」

「僕達には関係ないじゃん。あいつとは何の関係もないんだから」


天凛も吏焔も、どちらの意見も一概に間違いではない。
それでも二人の意見は平行線を辿るようで、全く噛み合っていない。
しかし、それでも先に折れたのは天凛の方だった。
意固地になる吏焔にぐっと奥歯を噛みしめ、深くため息を落とした。


「そんなに気になるなら行ってくれば?」


そんな二人に声をあげたのはミナトだった。
引いた椅子を元の位置に戻したミナトは、瞬く天凛の瞳をしっかりと見つめる。
世羅が椀を二つ持ち上げた。


「誰が、いつどんな時もボクや手持ちといっしょにいなきゃいけない、なんて言った?やりたいことがあるなら優先すればいい。少なくてもボクは今までそうしてきたけど」


突き放すような、そんな響きを持つ言葉であった。
しかし、天凛はそれを聞くや否や脇目も振らず部屋を飛び出ていった。
吏焔はミナトを、恐る恐るといったように見上げる。
信じられないと、ありありと読みとれるその瞳をミナトはさらりと受け流した。


「……天凛、傘も持たずに行ったみたいだから追いかけてくる」

「分かった、気を付けて」


世羅は吏焔に食事を勧めると、奥の部屋へと引っ込んでいった。
濡れた彼ら迎え入れる準備をするのだろう。
ミナトはポケモンセンターに備え付けられている傘を二本持って外へ出た。


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