花曇りの空 | ナノ

08


荷物を置いて身軽になったミナトは、コガネシティの散策へと乗り出した。
手持ちは皆擬人化の姿を取り、思い思いに街を見て回っている。
ミナトの少し前には天凛、隣に吏焔、そして少し後ろを世羅が歩いていた。
ポケモンセンターを出る際に拝借したパンフレットは、一度眺めるだけで役に立っていなかった。


「せやなあ、どっか行きたいとことかあるか?」


くるりと振り返った天凛は、快活な笑みを浮かべて問うた。
先を行く天凛の後を歩いていたミナト達は、コガネシティの中心を真っ直ぐに通る大通りまで出てきていた。
暖かみのある煉瓦道とアスファルトのちょうど交わるそこで、今度はゆっくりとコガネの街並みを眺める。
様々な、色取り取りの店が建ち並び、一本奥に入り込めばそこには住宅地が見え隠れする。
そびえ立つ建物は、有名なコガネ百貨店だろうか。
向こう側に見えるものはラジオ塔にも見える。


「特にない」


目の回るような賑やかな街並みから天凛へと目線を移したミナトの言葉は素っ気ないものだった。
あっさりと告げられた言葉に、天凛は困ったように頬を掻いた。
苦い笑みをうかべて、ミナトの隣の吏焔を横目で見やる。
明らかに助けを求む視線を真正面から受け止めた吏焔は、深く大きなため息を零した。


「僕はどんなとこあるのか知らないし」


吏焔は言葉を滑らせながらも、ふわふわと柔らかそうな髪を指に巻き付けている。
その答えを聞いた天凛は、ぱっと表情を輝かせた。
嬉々としたした表情で周りの建物を指さしていく。


「あそこに見えるんがコガネ百貨店や。いろんなもんが仰山売っとるで。後で行ってみようや。あっちの道を少し入ると花屋と自転車屋があるんや。あっちにはゲームコーナー。そんであっちの遠くに見えるんがラジオ塔やで」


まるで用意されたかのように淀みなく話し始めた天凛に、ミナト達は空いた口が塞がらなかった。
天凛は初めて訪れた街のことを詳細に、パンフレットも見ずに述べていく。
その瞳は、懐かしそうに細められていた。


「そんでこの街には地下通路っちゅうもんがあるんやけど……まあ、あそこはあんま行かへん方がええなあ」

「詳しいんだな、コガネシティに」


一息吐いた天凛に世羅がそう口を開けば、天凛は一度きょとんとした表情を作った。
ぱちりと一つ瞬きを落とし、すぐに思い当たったように照れたような笑みを浮かべる。
頭の後ろに片手を置いた天凛は、ふと目元を緩めた。


「七年くらい前にちょっとだけここに居ったんや、わい」


常よりも柔らかな表情は、懐かしむようにコガネシティを見つめた。
雑踏はそんな天凛には見向きもせずに形を変えていく。
ミナトは今更ながら、天凛の話し方とコガネシティとの共通点に気が付いた。


「そういえばキミの話し方って、それコガネ弁だよね?」

「あー……まあ、それに近いもんやな」

「近いって、どういう意味だ?」


急に歯切れの悪くなった天凛に、世羅が首を傾げた。
目線を上を逃がした天凛は、迷うように声をあげる。
自身の中で、どこまで話すべきかを考えているようにも見えた。


「あんときは、まあ一人じゃ生活なんぞ出来へんかったからなあ……その時世話んなったやつの口調が移ったんや」


この辺りもここまで発展していなかった、と天凛は言葉を続けた。
その言葉を聞く限り、天凛がこの街にいたのは大分昔の話なのだろう。
それでもしっかりとその脳裏に街並みが刻まれているほど、天凛にとっては思い出深い街であることが見受けられた。


「イーブイめっちゃ持ってるやつなんやで。なんかもろたイーブイが夫婦になってもうてな。子どもが仰山出来てもうたから、いろんなトレーナーに貰ってくれーって言うてたで」


途中で声真似をしたのか、天凛は高さのおかしくなった声で楽しげに話す。
しかし途中で、特に世羅の慈しむように細められた瞳に気づき、中途半端に言葉を切った。
気まずげに目を逸らし頬を掻くと、一つ咳払いを落とした。


「ま、まあわいの話はこの辺にしてや。そろそろ街見て回らへん?大抵のとこなら案内出来るで」


照れくさそうに笑みを浮かべた天凛は、そう話を切り上げるとミナトへ尋ねた。
少しだけ考え込むように目を伏せたミナトは、次には思い当たったように顔を上げる。
目のあったミナトに天凛は緩く笑みを浮かべた。


「じゃあ、とりあえず買い物したいかな」

「消耗品がそろそろ切れそうだったからな」

「そこは嘘でも観光名所に連れてけ言うて欲しかったわ!」


現実的なミナトと世羅の言葉に、天凛は叫ぶように声をあげる。
自らも雑踏へと足進める三人を見つめ、吏焔は細くため息を吐いた。


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