07
「あー……せや、せっかくコガネまで来たんや。ちょっと観光でもしてみいひん?」
気まずい雰囲気を払拭するようにわざとらしく声をあげたのは天凛だった。
ミナトが人前でポケモンと話すことを忌避していることを思ってか、擬人化をしてボールから飛び出てくる。
天凛はへらりと眉を下げて笑みを浮かべ、ミナトとその背後の世羅へ問いかけた。
ミナトは眉をひそめて首を傾げる。
「……何がせっかく?」
「えー……ジョウト最大の都会やし……?」
ミナトの問いに、天凛は大して痒くもない頬を掻いて困ったように目を逸らした。
逸らした先で世羅と目が合い、天凛は再度笑みを浮かべる。
一目で助けを求めていると分かるそれに、世羅は瞬き一つを落とした。
「観光するにしても、まず部屋を取らなければ。人が多いなら尚更」
「あ、お、おう……せやな」
尤もな世羅の意見に、天凛はとうとう二の句が継げなくなってしまった。
言葉の続きを探すが結局諦めたように同意を示す。
特に反対の声もあがらないため、ミナトはポケモンセンターを探しに足を踏み出した。
今まで訪れた町と違い、コガネシティは人間で溢れていた。
数分も歩けば道行く人とすれ違い、時に肩がぶつかりそうになる。
それを上手く交わしながらお馴染みの赤い屋根を見つける頃には、ミナトはすっかり人に酔ってしまっていた。
「ボク、部屋取ってくるから」
「ああ、ここで待ってるな」
今にもため息を吐きそうなミナトを送り出せば、彼女はふらりと受付へと歩みを進めた。
その際ボールから飛び出した吏焔は、未だに不満そうな顔で世羅と天凛の傍でしゃがみ込んだ。
ジョーイから鍵を受け取ったミナトは、荷物を置きに行くのか奥へと姿を消す。
「僕、あいつだいっきらい」
代名詞で刺された人物であったが、世羅も天凛もすぐにその人物に思い当たった。
ふん、と鼻まで鳴らしてつんとそっぽを向いた吏焔に、天凛は苦笑を零す。
出会ったら当初から吏焔は柘黒を嫌っていたが、ここまで酷くはなかったはずだ。
「まあまあ、そう言うこと言わんと。仲良うしいや」
「うるさい」
「理不尽やな!」
天凛が当たり障りなく柘黒を擁護する言葉を紡ぐが、吏焔は突っぱねるだけだった。
天凛がじゃれつくように吏焔の肩に腕を回すが、吏焔は眉間に皺を寄せるだけ。
ついには迷惑そうにその腕を叩き落として、天凛を睨み上げた。
「っていうかもう二度と会わないでしょ」
「まあそれはそうなんやけど……」
「けど何!」
相当頭に来ているのか吏焔は語尾を荒げて怒りを表している。
天凛はこれ以上話をしても無駄と悟ったのか、早々にこの話を切り上げた。
代わりに天凛は、朝から密かに気になっていた世羅へと声をかける。
ぼんやりとミナトの消えていった方向を見つめていた世羅は、その声に漸く天凛を振り返った。
「呼んだか天凛」
「おん、呼んだで」
不思議そうに首を傾げる世羅に頷けば、彼は更に瞳を瞬かせた。
無言で先を促す世羅に、天凛は苦笑を漏らす。
ついと吏焔へ視線を寄越せば、吏焔も世羅をじっと見上げていた。
「いやな、今日の世羅はいつもと違うからどないしたんかなあと思って」
「何でもないとさっきも言ったが……」
「そうは見えないから聞いてんだけど」
ロビーのソファに居所を落ち着けた吏焔は、頬杖をついて吐き捨てるように告げた。
天凛だけでなく吏焔にまで悟られていたことに、世羅は目を丸くして驚きを表した。
ぱちぱちと数度瞬きをして気持ちを落ち着けると、眉を下げて口角をあげる。
「すまない、気を遣わせてしまって」
「それは別にええんやけど……やっぱミナトと関係あるんか?」
「……鋭いな、天凛は」
細く吐き出すように笑みを浮かべた世羅は、じっと天凛を見つめる。
逸らされると思った紅色の瞳がかちりと自身を捕らえ、天凛はたじろいたように視線を逸らした。
世羅がそっと目を瞑れば、今朝のまだ冷たいウバメの森の情景がありありと浮かびあがる。
再生される音声は、吏焔の心底不思議そうな問いに掻き消された。
「僕ずっと不思議だったんだけど、何で世羅は彼女といっしょにいるの?」
敢えて吏焔は、マスターともミナトとも呼ばなかった。
吏焔は今まで自分の目で見た二人の姿を思い出す。
とても、よく見るトレーナーとパートナーの関係には見えなかったのだ。
「オレは……」
吏焔の問いに世羅は少しだけ目を伏せた。
頬に落とされた長い睫毛が震え、しかし次の瞬間にはしっかりと前を向く。
切られた言葉の先の形に唇が開かれ、声帯を震わせる。
しかしその声は音となって彼らの耳に届くその前に、世羅によってふつりと断ち切られた。
前振りもなく背後を振り返った世羅は、ふと目元を緩める。
「……なんかあった?」
おかえりと、とろけるような優しい表情で世羅は声をあげた。
話に余程集中していたのか、天凛と吏焔は驚いたように目を見開く。
そんな二人を不思議に思ったのかミナトは首を傾げていた。
「いや何も。行こうか、観光」
結局、答えは終ぞ聞くことはなかった。
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