花曇りの空 | ナノ

06


ウバメの森の終わりを告げるゲートを抜ければ、目の前には整備された広い道路が広がっていた。
それは人間だけの利便を考えたものではなく、多くの緑も生き生きと残されている道だった。
道路を少し外れれば、メリープやケーシィと言ったポケモン達を見ることも出来る。
道路の向こう側には高く高く伸びている建物の外観がうっすらと見えた。
この道路の先にあるのは、ジョウト地方最大の発展都市だ。
今まで見たこともないような施設や、人、果てはポケモンもいることだろう。


『ああ、あの先がコガネシティですね』


ミナトの足下でゆったりとそう声をあげたのは柘黒だった。
体に巻かれた包帯も今日には完全に解かれ、エーフィ特有の滑らかな体毛を惜しげもなく晒している。
アーモンド型の大きな瞳をすっと細めた柘黒は、どこか複雑そうな面持ちで遠くのコガネシティを見つめていた。


『そうか……もうちょいで柘黒とはお別れなんやなあ……』


寂しくなるな、と続いた言葉の後は、嘘のように沈黙が落ちた。
予想と違った反応だったためか、天凛はボールの中で慌てたように声をあげる。
吏焔のつんとした声が響いたのはその後だった。


『清々するね』

『お、おおう……どないしたん吏焔?いつもより機嫌悪ないか?』

『別に』


隠す気のない嫌悪の籠もった声音に、柘黒は楽しげに笑い声を上げた。
ミナトの手持ちとなってから、吏焔はほぼ毎日外を歩いていた。
しかし今日は必要最低限にしかボールから出てこない。
何があったのかと思っていれば、どうやら柘黒と何かあったらしい。
朝方、拗ねたような表情でミナト達を睨み付けていたことを思い出す。


『せ、世羅はどないや?寂しなるよなあ?』

「え……あ、ああ……そうだな」


気まずい空気に耐えかねたのか、天凛は世羅へ声をかけた。
ぼんやりとミナトと柘黒の少し後ろを歩いていた世羅は、弾かれたように顔を上げる。
上げた先には自身に向けられる四対の目があり、世羅は困ったように眉を下げた。


『どないしたん?ぼーっとしとるなんて世羅らしくないで』

「……寝不足かもしれない」


この旅に出て、野宿は初めてのことだった。
原型ではなく、常に擬人化でいることに相当負担がかかったのだろうか。
本来の姿ではない擬人化でいることは、やはり違和感というものがあるのだろう。
怪我や病気を負ったポケモンは、必ず原型で休息を取る。
それはやはり、無駄な体力を消費しないため。
人間で言うならば、爪先でずっと立っているような、不安定な感覚なのだろう。
ポケモンではないミナトにはその感覚は理解できなかったが、そう漠然と思っていた。


『コガネシティに着いたら休んだらどうや?』

「いや、大丈夫だ。時間を取らせたな」


世羅は、気遣う天凛の言葉を微笑みを浮かべて断りの言葉を継げる。
自然と足を止めていたミナトを、先を促すように一瞥した。
ミナトは、肩にかけた鞄を持ち直すと踵を返した。

整備された道路はウバメの森とは段違いに歩きやすい。
この時間であれば、思っていたよりも早くコガネシティに到着することができるはずだ。
野生のポケモンを横目に進んでいけば、道路の脇ではトレーナー達が活発にバトルを繰り広げている。
目を合わせないように俯き加減で歩みを進めれば、足下を歩く柘黒の姿がよく見えた。
柘黒は、懐かしそうに目を細めてバトルを眺めていた。


『懐かしいと思っていました』


唐突に落とされた言葉は、独り言のように小さかった。
だが、俯き加減で歩いていたミナトにはしっかりと聞こえている。
前を向こうと顔をあげた柘黒と目が合い、柘黒は驚いたように目を瞬かせた。
しかしすぐに、取り繕うように笑みを浮かべた。


『薄々気づいているとは思いますが、私にはトレーナーがいます』

「……知ってる」

『おや、ジョーイさんにでもお聞きになりましたか?』


多くのポケモン達を治療してきたジョーイならば、一目で柘黒が野生かどうか分かるだろう。
しかし、そのことをジョーイに聞くまでもなく柘黒にトレーナーがいることなど分かる。
エーフィで、しかも名前まで持っている。
この事実から考えられる柘黒の境遇など、限られてくる。


『短い間でしたがお世話になりました。正直私だけではウバメの森を越えることは出来ませんでした』


いつのまにか、コガネシティの入り口に建てられているアーチが視認出来るところまで来ていた。
ミナトの少し前を歩いていた柘黒は、振り返ると笑みを浮かべた。
先の別れた尾が、落ち着きなくゆらりと振られている。
気を落ち着かせるように尾を叩きつけた柘黒は、淡い光を伴って擬人化の姿を取った。
紅藤色の髪をすっきりとまとめ、知的な菫色の瞳は笑みを象っている。
耳元できらりと光った赤い玉のような装飾は、イヤリングかピアスか。

柘黒が初めて、ミナト達に擬人化の姿を見せた瞬間であった。


「ありがとうございました」


きれいな動作で腰を折ると、柘黒は見事なお辞儀をして見せた。
流れるような動きで顔をあげた柘黒は、ふわりと笑みを浮かべる。
細い髪の毛が少し遅れて柘黒の動作を追った。


「……いきなり擬人化の姿?」

「誠意を見せるべきかと思いまして」


礼には応えないミナトに、柘黒は肩を竦めて返事を返す。
話し方といい、動作といい、育ちのよさそうな箇所が見受けられる。
柔和な顔で笑みを浮かべれば、穏やかな青年に見られることだろう。
柘黒は、その柔和な顔に笑みを浮かべて嗤った。


「今までお世話になったお礼に一つ、いいことをお教えします。
私のようになりたくなければ、いつまでも知らないふりをしないことですね」


ふ、と笑みを浮かべた柘黒の言葉に反応を示したのは、果たして何人いたか。
満足げに笑みを浮かべた柘黒は、あっさりと踵を返すと、颯爽とコガネシティの雑踏へと姿を消したのだった。


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