花曇りの空 | ナノ

**


ぱちぱちと鳴く火種。
煌々と照る月明かり。
小さく聞こえているのは、現在やっかいになっている少女の寝息だけ。
微かすぎるそれは、遠くから響くホーホーの鳴き声の方が大きいくらいで。
寝ているのか死んでいるのか分からない彼女は、それでも小さく肺のある胸を上下させていた。

昼間でも充分薄暗いウバメの森は、夜になってもその陰気さを忘れていない。
むしろよりいっそう、暗く沈んでいた。


「まだ寝てないの」


腰を下ろして湿った地面を撫でていれば、あのロコンの声がしました。
先ほどまで確かに目を閉じていたと言うのに、あっという間に擬人化をしてこちらを見ています。
火種と同じ、炎色の柔らかそうな癖っ毛と栗色の瞳が、私を睨み付けました。
意志の強そうな、つり目の、猫目でした。


「怪我人は大人しく寝てれば」


彼なりの心配などでは、決してないでしょう。
その言葉の裏は、信用のならない私に動かれると不安になるから。
別に何もしませんよ。
私は親切ではないので、そんなことは口にはしませんが。


「すみませんねえ……寝付けないもので」


くすりと。そう笑みを浮かべれば、彼は分かりやすく眉根を寄せました。
きっと、彼は真っ直ぐな性格なのでしょう。
屈折した、冷たいように感じるのは、ただ少し正直なだけ。
そう、彼はただの、真っ直ぐで正直で、それだけなのだ。


「ねえ、その話し方、すごくむかつくんだけど」


ほら今も、こうして正直に告げる。
少し彼の機嫌を波立たせるような態度や、言葉を吐くだけで、彼は思った通りの行動をしました。


「おや、いったいどのようなものでしょうか」

「僕たちには絶対心を許さないって感じの、そのふざけた話し方」


吐き捨てるように言った彼に、私は肩を竦めました。
彼は、私の事情を知りたいようです。
まあ、それも普通のことでしょう。
私はエーフィ。他にトレーナーがいることなど、安易に読みとれるでしょう。
コガネシティに行きたいという願いも、彼にしてみれば私の全てが不可解に写るでしょうね。
しかし、誰が自分の事情を他人にべらべらと喋るでしょうか。
しかも私を嫌悪の対象と見ているであろう、彼に。
……この辺りは、どうやら彼女と話している方が楽ではありますね。
明確な線引きをしっかりと組み取ってくれる彼女の方が。

確かに言わなければ信用など、ましてや協力など得られないだろう。
しかし、しかしですよ?
なぜ私が、こんな、言ってしまえば関係のない、ただのそこらのポケモンに、話さなければならないのでしょうか。
今まで何も苦労など、してきていないだろうロコンに。


「あなたのご主人様に似ていて気にくわない……ですか?」


ほんの軽い意趣返しのつもりで返せば、どうやら思ったよりも気にしていたらしい。
目を見開いて固まっていたロコンが、目を吊り上げていくのが手に取るように分かりました。
少しだけ、気分が浮上した気がします。


「失礼、余計なことを言いました」


こんなところで怒鳴られるのも、取っ組み合いの喧嘩をするのもごめんです。
さらりと謝罪で流せば、彼は消化不良のように唇を噛みました。


「ですが、あなたも皆さんにまだ何か隠しているようですが?」


あのとき。アリゲイツに襲われそうになったトレーナーを庇ったあの技。
私の見間違いでなければ、あれは“エナジーボール”のはずです。
普通の、野生のロコンでは覚えることの出来ない技を、どうして彼が覚えているのでしょう。
尋ねてみれば、彼は隠していたことがそんなに後ろめたかったのか、眉をハの字にしていました。
そんなに悩むことでもないと思いますがね。
どうせ彼女も、きれいな顔の彼も、ミニリュウも、みんなみんな隠し事ばかりなのですから。


「……うるさいな、部外者には関係ないでしょ」

「ええ、ですから私の問題も部外者には関係ないこと、ですよ」


……ああ、存外私は、彼女よりも彼の方が嫌いなようです。
背を向けた彼の背にそう吐いた言葉は届いたのか。
そんなことはどうでもいいのですが。
白む空に、私はそっと目を閉じました。


prevnext

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -