花曇りの空 | ナノ

04


「吏焔、“ひのこ”」

「ストライク!“とんぼがえり”!」


インセクトバッジを掛けたミナトのジム戦は、佳境へと入っていた。
吏焔の“ひのこ”を鮮やかにかわしたストライクは、素早い動きで吏焔を翻弄する。
鎌のように鋭い腕を振り抜かれ、吏焔は地面に打ち付けられた。
控えのポケモンがもう残っていないツクシのストライクは、旋回するように元の場所へ戻っていく。


「“でんこうせっか”」

『、了解……!』


元の立ち位置へ戻ろうと、こちらへ背を向けていたストライクの背に、吏焔は突進するように突っ込んだ。
前のめりになってバランスを崩したストライクに、ツクシの気遣う声が響いた。
その声に応えようと顔をあげたストライクは、目の前に迫る火の玉に表情を引きつらせた。


「止めの“ひのこ”」


ミナトの淡々とした命令と共に、炎がストライクを包み込んだ。




『そう言えば、あなたは私達の言葉が分かるのですね』

「今更?」

『あのときはそんなこと気にしてる場合じゃありませんでしたから』


手に入れたインセクトバッジを感慨もなく見下ろしていたミナトは、足下の柘黒を一瞥した。
体に包帯は残っているが、歩く程度ならば問題がないようだ。
機嫌よさ気に先の割れた尾を左右に揺らめかしている。
柘黒の対局の位置を歩く吏焔は、そんな柘黒をじとりと見つめた。


『何故理解出来るのか、理由をお伺いしても?』


弦月のような、大きな菫色の瞳がすっと細められた。
口元は揶揄するように弧を描き、尾は大きくゆっくりと揺れている。
片方だけの、ミナトの無感動な瞳の近くに皺が寄る。


「さあね」

『おや、教えて頂けないのですか?』

「それが自然で当たり前なことを説明しろって方が難しいでしょ」


バッジをケースへ雑に仕舞い込んだミナトは、戯けるようにこちらを見上げる柘黒を見下ろした。
顔は笑みを浮かべているが、対照的に尾の揺れる速度は段々と速まっていく。


「キミがどうしてエーフィなのか、とかさ」

『……それもそうですね』


ぱたりと。音を立てて柘黒の二股に裂けた尾が地面に打ち付けられた。
分かりやすく満面の笑みを浮かべた柘黒は、上へ持ち上げていた視線を戻す。
その途中で、吏焔の眇められた栗色の瞳と会う。
口を開かれる前に、柘黒は早々に顔を逸らした。

エーフィは、人に懐くことで進化をするポケモンだ。
別の地方ではたいようのかけらというアイテムで進化したという話も聞いたこともある。
しかし、何れにしてもトレーナーの力がなくては進化など、とうてい出来ないだろう。
興味のないミナトには、それすらもどうでもいいことであったのだが。


「これからウバメの森に行っても、多分野宿に」

「ミナト、あそこ見ろ」


腕時計を一瞥したミナトの言葉を遮るように、世羅が慌てたように声をあげた。
顔をあげたミナトは、世羅の節くれ立った指の先へ視線を投げる。
そこにはちょうど、ウバメの森へと足を進める、赤い髪の少年の姿があった。
ミナトと、ついでにボールの中の天凛が目を見開いた。
少年は、随分と歩くのが速いのかあっというまにウバメの森へ消えていく。
反射的に、ミナトは駆けだした。


『あ、ちょっとマスター!?誰あいつ!』

『あいつとは、ちょっと前に因縁があんねん!』

「今回は、それだけじゃないがな」

『はあ?』


赤髪の少年を追いかけるミナトに、吏焔と世羅が続く。
少しの間呆けていた柘黒は、世羅が掬うようにして抱え上げていた。
傷に触らないように抱き上げるそれは、案外居心地がよかったようだ。
一度ぴしりと動きを止めた柘黒は、すぐに人を掻き分けて走るミナトを見下ろした。


「ちょっと、まって……!」


ゲートを走り抜ければ、足先に触れる感触が変わった。
昼間に関わらず薄暗く、木が鬱そうと茂っている。
緑色ばかりのその景色に、補色となる赤は目立って見えた。
遠ざかる背に、息絶え絶えに呼びかける。
名前も人称もなかったが、今ここにいるのは自分だけだと分かっているのか。
少年は、鬱陶しげにこちらへ振り返った。
髪と同色の鋭い瞳が、睨むようにミナトを捕らえる。


「……お前」


息が上がっているミナトを視界に捕らえた少年は、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。
この様子から、彼もミナトのことを覚えていたのだろう。
腰のボールに手をかけると、勢いよく投げつけた。
飛び出してきたのは、一回りほど成長したアリゲイツだ。
ワニノコが進化したのか、鋭く鳴き声をあげる。


「“みずでっぽう”!」


がぱりと大口を開けたアリゲイツは、勢いよく水を吐き出した。
ワニノコの時よりも威力の増したその攻撃に、ミナトは怯んだように動きを止める。
目の前に迫る水の壁に、今更ながら足を引くが遅い。
そんなミナトの肩を、大きな手が掴んで引き寄せた。
たたらを踏むミナトを苦もなく支えた両手は、強くその細い肩に食い込んでいた。
ミナトの脇を駆け抜けた、赤茶色の小さな影は真っ直ぐアリゲイツへ突っ込んでいく。
“でんこうせっか”で相手の体勢を崩した吏焔は、口元から新緑の輝きを放つ。
球体上に収縮したその光を、思い切りアリゲイツへと投げつけた。
初めて見るその技に、ミナトは瞳を瞬かせた。


「……世羅、」


強く、震えているその手の持ち主の名前を呟くように呼ぶ。
そうすれば、思った通り、世羅は我に返ったように慌てて手を引きはがした。
振り返って世羅を見上げれば、世羅はぐっと唇を噛みしめて顔を歪めている。
悔やむように、自身の手のひらを睨み付けていた。


「すまない……怪我は」

「ないよ」


瞬時にそう応えれば、世羅はそうか、と小さく笑みを浮かべた。
それを見送り、先ほどアリゲイツを攻撃した吏焔を探す。
吏焔は、目を回したアリゲイツの傍でばつが悪そうにこちらを見ていた。
とりあえず問題ないということを片手をあげて告げれば、吏焔は小さく息をついた。


「ねえ」


舌打ちをしてアリゲイツをボールへ戻す少年へ声をかける。
少年は、先ほどよりもぎらついた瞳で、振り返った。


「キミが、ロケット団を追い払ったって、ほんと?」


昨日、ヒワダタウン中で聞いたことを少年へ問えば、少年はついと唇を釣り上げた。
そして嘲るように問う。それがどうした、と。


「キミには関係ない、あいつらはどこに?」

「俺が知るか」


今度の問いには、機嫌が悪そうにぞんざいに返してきた。
しかしミナトの言葉を一つずつ反復した少年は、何かに気が付いたように切れ長の瞳を丸くする。
すぐに、目をつり上げると、威嚇するように低い声をあげた。


「ロケット団を潰すのは俺だ。邪魔するつもりなら、まずはお前から潰す」

「ボクだってあいつらに用があるんだ……邪魔しないで」


お互いに譲る様子のない、冷たい空気が辺りを包む。
憎々しげに睨み付けてくる少年の瞳を、ミナトは冷え切った目で迎えた。
先に視線を逸らしたのは、赤い髪の少年だった。
隠す様子もなく舌打ちをこぼすと、背を向けて足を進める。


「俺はシルバーだ。次に会ったら容赦しない」

「ボクはミナト。心配しなくてももう会わないよ」


その声を背に、シルバーは茂みの向こうへと姿を消した。


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