花曇りの空 | ナノ

03


一通りヒワダタウンを見て回ったミナトと世羅は、ポケモンセンターへと戻ってきた。
見て回ったと言っても、ヒワダタウンは山間の小さな町だ。
どれだけ注意深く、何度も見渡したとしても、部屋を飛び出してから二時間も経っていなかった。
ポケモンセンターの自動ドアをくぐると、ロビーには天凛と吏焔がいた。
それぞれ一人がけの椅子に座り、こちらを見ている。
天凛がへらりと笑みを浮かべ、手招きをするように手を振った。


「おかえり」

「……うん」

「随分遅かったね」


天凛の挨拶に、ミナトは頷き一つ返す。
皮肉るようにそう言った吏焔は、頬杖をついてミナトをじっと見ていた。
つり目がちの猫目が、不機嫌そうに細められている。
ミナトと目が合うと、ふいと顔を逸らされた。
そんな吏焔の様子に、天凛は苦笑いを浮かべると、困ったように頬を掻いた。


「あー……そういやな、さっきジョーイさんが部屋に来てな、治療が終わったって言うとったで」

「そう」

「そんで、帰ってきたらでいいから、一回あの子に顔見せてあげてって」


そのまま部屋へと戻ろうとしたミナトは、その言葉にぴたりと動きを止めた。
僅かに逡巡すると、天凛に助けたポケモンの病室を尋ねる。
流石にジョーイの言葉を無視することは出来なかったのか。
一つため息をついたミナトの表情は、いつも通り無表情であった。
カウンターに立つラッキーに一つ会釈をして、センターの奥へと足を進める。
先を歩く天凛の背中をぼうっと追いかけて、彼が指さす病室へためらいなく足を踏み入れた。
ジョーイはちょうど、器具を片付けているのかこの場にはいない。
真っ白な、清潔なシーツの上には、ビロードの様な体毛をしたポケモンが一匹、大きな瞳をこちらに向けていた。


「あ、もう起きてたん?」

『あなたは……』


大きな耳をぴくりと震わせ、一度体を起こそうと前足に力を込める。
しかし、立ち上がりかけたその体は、ふらりと横に転がった。
怪我の痛みもあるだろうが、貧血で目が回るのだろう。
しばし、紫色の瞳を強く閉じた彼は、体を横たえたままミナトを見上げた。
上品な響きを持ったテノールボイスが、鳴き声となって空気を震わせる。


『すみません、このような体勢で』

「……気分はどう?エーフィ」


申し訳なさそうなエーフィの言葉に応えることはせず、彼の体に目を走らせる。
薄紫色をした体にはいくつか包帯が巻かれている。
だがそれも数日の内に解かれることになるだろう。
先が二つに裂けた尾をゆらゆらと揺らしたエーフィは、機嫌よさそうに一声鳴いた。
ゆるりと細められた瞳には、嘲るような色が見え隠れしている。


『あなたの偽善に助けられましたよ』

「お前……っ」


エーフィは丁寧な言葉と笑みで、辛辣な台詞を吐いてのけた。
それにかっとなった吏焔が一歩踏み出す。
そんな吏焔を、ミナトが片手を伸ばして諫める。
愉快そうにこちらを見つめるエーフィを見下ろせば、エーフィは一度目を瞬かせた。


「ボクはキミが邪魔だったからどかしただけだよ」

『……は』

「キミを助けたいなんて思ってない。あのままあそこにいられたら、ボクが先に進めなかった。だからキミを洞窟から連れ出した。センターに連れてきたのは、その辺に置いていったら他のトレーナーに睨まれるから。キミなんてどうでもいいんだよ、自惚れないで」


淡々と、そう告げたミナトに、エーフィは大きな瞳を更に大きく見開いている。
しかし、その言葉の意味を噛み砕き、理解した瞬間。
エーフィはぎりりと歯を食いしばった。
ゆらりと尾を揺らめかせ、再度立ち上がろうと体を震わせる。
自由にならない体に苛立ちながら、エーフィは鋭くミナトを睨み付けた。


『私は……!』

「まあまあ二人とも、まず落ち着き?な?ミナトはどないしたん?なんかイライラしとらんか?」

「うるさい、ボクは普通だよ」


今にも飛びかかろうとするエーフィとミナトの間に、素早く天凛が割り込んだ。
諫めようと零した言葉は、ミナトにぴしゃりと切り捨てられる。
付き合いの浅い、天凛や吏焔だけでなく、エーフィでさえもミナトの機嫌が悪いことが分かる。


「ほんま、どうしたん?」

「なんか焦ってる?」

「なんでもないってば」


窺うように、あるいは心配するような響きを持った二人の言葉から、ミナトは目を逸らす。
逸らした先には世羅がいて、ミナトは眉間の皺を深くした。
そんなミナトに、眉を下げて苦笑を零した世羅は、口を開いた。


「少しな、ここにあると思ったものがなかったから、だから気にしないでくれ」

「ふうん?」


世羅の言葉に、吏焔はそれでも釈然としない様子だ。
そんな吏焔の様子に、世羅が困ったように首を傾げる。
問いかけても答える様子のない世羅の様子に、吏焔は再度ミナトを振り返る。
しつこい吏焔の無言の追求に、ミナトは一つため息をついた。


「……もういい。明日ジム戦して、先に進むよ」

「先って……コガネシティか?でも、」

「でも、何?」


口ごもるような世羅の言葉に、ミナトは世羅を見上げた。
一つだけの赤い瞳が、無感動に見上げてくる。


「……いや、何でもない。お前が行きたい所なら、行こう」


世羅はやんわりと首を振ると、眉をハの字にして笑みを浮かべた。
その瞳は暖かく、眩しそうに細められている。
その目を、見ていることが出来なくて、ミナトはそっと目を逸らした。


『……あなたは、コガネシティに行くのですか』


すると、今まで静観していたエーフィがぽつりと言葉を零した。
問うように告げられたそれに頷けば、エーフィは飛び起きた。
しかし、すぐにふらつくと、勢いよく倒れ込む。
シーツに包まれたその体で出来るだけミナトの傍まで近づくと、訴えるようにミナトを見上げた。
強い意志を感じる、必死な目だった。


『私は、どうしてもコガネシティに行きたいのです』

「……だから?」

『私を、連れて行ってくれませんか』


遠回しなエーフィの言葉の先を促す。
その答えを聞いたミナトは、眉を寄せてエーフィを見下ろした。


「ボクがキミを連れて行く理由がない」

『お願いします』


冷たく断るも、エーフィは壊れたようにそれしか言葉にしない。
必死に頭を下げて懇願するエーフィに、ミナトは目を細める。
ミナト、と名前を呼ばれて振り返る。
心配そうにこちらを見つめる天凛と、何が気にくわないのか、眉を寄せる吏焔の少し後ろに世羅がいた。
世羅は静かにこちらを見つめ、一つ頷いた。
ミナトは、諦めたように一つ、ため息をついた。


「……明日はジム戦をして、明後日にはここを出る」

『ええ、先ほど聞いていました』

「連れて行く気はないから、いっしょに来たいんなら勝手に着いてくればいい」


目を逸らして告げられたミナトの言葉に、エーフィはぱちりと一つ瞬きをする。
そして、それを過不足なく理解すると、柔らかな笑みを浮かべた。
小首を傾げて口を開く。


『私は、ザクロと言います。少しの間、よろしくお願いしますね?』


自らを柘黒と名乗ったエーフィは、そう瞳を細めた。


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