花曇りの空 | ナノ

01


朝早くにポケモンセンターの部屋をチェックアウトしたミナト達は、32番道路にいた。
32道路には、今まで通ってきた道よりも多くのトレーナーで賑わっている。
道の端々ではトレーナーが、草むらの中では野生のポケモンが、それぞれ思い思いにバトルを繰り広げていた。
そんな道だからこそ、ひたすら先を目指すミナトにもバトルの誘いの声がかかる。
その度にミナトは、天凛と吏焔でバトルを受けていった。


「吏焔、“ひのこ”」

『了解』


止めとして放った火の玉に、相手のオタチは目を回して倒れ込んだ。
あまり多くはない賞金を有り難く受け取り、先を目指す。
道なりに南下していけば、一見すれば行き止まりと見間違うような山が広がっていた。
実際は山を越える必要はなく、近くには繋がりの洞窟と書かれた看板が立っている。
この洞窟を抜ければ、ヒワダタウンはすぐ近くだ。


『マスター』


早速洞窟へと足を進めようとするミナトに、ボールから出ていた吏焔が声をかけた。
原型の姿の吏焔とは身長差があるため、見下ろすような形になってしまう。
先を促すようにじっと吏焔を見つめるが、吏焔は少し迷うと首を横に振った。


『何でもない、さっさとこんな洞窟抜けるよ』

「……そう、分かった」


ミナトはふと、朝の天凛と吏焔の様子を思い返した。
天凛も吏焔も、なんだか自分に言いたげに見ていたり、先ほどのように口を開いていた。
結局は、今まで何も言われずにここまで来てしまったが。
ミナトもミナトで、関係ないというように一度頭を振る。
そして、少し先を歩いている吏焔の背を追った。
洞窟内は光源が少なく、暗く湿った空気で満ちていた。


「どこかに水辺でもあるんだろうか」

「多分……マップにも地下では海と繋がって海水が流れ込んでるって書いてあるし」


鞄から懐中電灯を取り出した世羅は、辺りを照らしてみせた。
天井の方にはズバットがずらりとぶら下がっている。
すぐに足下へと光を逃がせば、突然の光に驚いたのかコラッタが逃げ出すのが見えた。
遠くの方で、水を弾く軽やかな音が聞こえた。


「行こう。迷わなければ今日中に抜けられるはず」

「ああ」


残念ながら洞窟の中の地図は持っていないため、半ば手探りで進んでいく。
しかし先を進めば、多少入り組んでいるものの、ほぼ一本道であることが分かる。
道が分かれていても最後には一本の道へと繋がっていた。
洞窟内であまり光がないからか。
野生のポケモン達は、ミナト達の近くには寄ってこなかった。


『そう言えば吏焔は外に出てて大丈夫なんか?』


洞窟内は、たまに水滴が水面に落ちる音やコラッタ達の鳴き声が聞こえるだけで静かなものだった。
無駄に刺激しなければ、ズバット達も知らんふりをして眠っている。
何度目かの行き止まりに当たったとき、天凛がボールの中からそっと声をかけた。
いつもより声が小さく感じた気がした。


『なんで』

「……ああ、そう言えば」


天凛の問いに、吏焔は普段より幾分か低い声で答えた。
一目で不機嫌だと分かるその様子に、ミナトは思い出したように声をあげた。


「ロコンは体内で炎が燃えてるっていうから、こう湿ってると具合が悪いかもね」

『ああ、それでさっきからなんかむかむかするんだ』


吏焔は納得がいったというように一つ息をついた。
原因が判明して少しだけすっきりしたのか、先ほどよりは足取りが軽く見える。
ミナトの知識に天凛が感心したように声をあげた。


『詳しいんやなあ、ロコンについて』

「特別ロコンに詳しいわけじゃないよ」

「ミナトは暇があれば研究所に入り浸っていたからな」


少し先を歩いて前を照らしていた世羅の言葉に、天凛と吏焔は気の抜けた声をあげた。
きいきいとズバットの鳴く声が小さく響いている。
ミナトは見上げてくる天凛や吏焔の視線から気まずげに目を逸らした。


「……で、キミはボールに戻らなくていいの?気分悪いんでしょ」


足下にいる吏焔にそう声をかければ、彼は一度ぱちりと瞬きをした。
今はもう無表情で先へ先へと足を進めているミナトに、吏焔はにいっと唇をつり上げた。


『まあ、別に我慢出来ないほどじゃないし
いざって時に外にいた方が早く対処出来るでしょ』

『そうやなあ……なんかさっきからズバット達も騒いどるしなあ』


先を進む事に、甲高い鳴き声と空を切る鋭い音が近くなっている。
洞窟内とはいえ、まだ陽の高い時間だ。
ここまでズバット達が騒いでいるのも、何かがおかしい。


「世羅」


ミナトが世羅へかければ、世羅は既に目を閉じていた。
ぴくりと形のいい耳を震わせると、世羅は慌てたように勢いよく目を見開く。
その表情は、少しだけ怯えているようにも見えた。


「何かがズバットに襲われてる」

『はあ!?』

「何かって?」

「すまない……ズバットが多すぎて分からない」


ミナトの問いに、首を横に振った世羅の顔色は少々血の気が引いていた。
ズバットが他のものを襲って血を啜ることは、いわば自然の摂理だ。
しかしボールの中では天凛が、足下では吏焔が先を急かすように見上げている。
ミナトは小さくため息をついた。


「……世羅、案内して」

「分かった」


先ほど感じた気配の方へと、世羅はミナトが追える速度で走り始めた。
迷うことなく足を進める世羅を、先を吏焔、その後にミナトが続く。
いくつかの曲がり角を曲がった先に、世羅が懐中電灯の光を当てた。
そこには何かに群がるように、無数のズバットが羽ばたいていた。
鉄臭い臭いが鼻をつく。


「吏焔、“ひのこ”で追い払って」

『分かった』


火の玉を口から吐き出せば、突然の光と熱にズバットは混乱したようにそれから離れた。
素早くその何かを回収し、その場を走り去る。
背後からは混乱したような叫び声と、獲物を横取りされた怒鳴り声が響いている。
抱え上げたそれは、ミナトがギリギリ持ち上げられる重さのポケモンだった。
元はビロードのような細やかな体毛はすっかり痛みきっている。


「とにかく出口へ急ぐぞ!」


洞窟の出口から吹き込んでいる空気が強くなっていく。
追いかけてくるズバットを振り切り、洞窟を走り抜ければ、そこは33番道路だった。


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