花曇りの空 | ナノ

13


白く骨張った指が文字をなぞり、赤い瞳がそれを辿っていく。
部屋の中から拝借したメモ帳には、びっしりと何かを書き込んだ痕が残っている。
ミナトはその内の二つに決めたように丸を付けた。
四つの漢字が存在感を放つその紙を、ミナトはじっと見直す。
何度か響きを確認するように、その言葉を舌で転がした。


「ただいま」

「お、ええ匂いするやんかー!」


ミナトがちょうどペンを置いたそのとき、部屋のドアが遠慮無く開け放たれた。
開け放たれたドアから姿を現したのは、擬人化したミニリュウとロコンだった。
ジム戦のダメージ回復のためにジョーイに預けていた二人が帰ってきたのだ。


「おかえり」


ミナトは、帰ってきた二人に軽く手を振った。
すると、ミニリュウもロコンも揃って不思議そうな表情をしていた。
二人の視線の先を追えば、それはミナトの手の中にあるペンの紙に真っ直ぐ向けられていた。


「ミナト何してるん?紙とペンなんか持って」

「……ひみつ」

「いいじゃん、見せてよ」


ミニリュウの問いに目を逸らしてはぐらかしたが、ロコンが直ぐさま手を伸ばす。
しかしそれより先にミナトは手の中にあった紙をパーカーのポケットにしまい込んでしまった。
不満そうな表情をする二人だったが、ミナトが応じる様子はない。
今にも飛びかからんと身構えるロコンを、ミニリュウが押さえ込んでいる所で、漸く世羅が姿を見せた。


「夕飯、出来たぞ?」


ミナト達の様子に不思議そうに首を傾げながら、世羅は腕まくりをした袖を下ろしている。
ミニリュウはこれ幸いとロコンの背を押してテーブルへと向かっていった。
反論するロコンの声が聞こえるがミニリュウはどうやら華麗に無視をしているらしい。
短くあがったミニリュウの悲鳴は、腕でもつねられたのだろうか。


「おお……今日はまた豪勢やな……」


テーブルの上には、いつもより豪華な食事がきれいに並べられていた。
誘うようないい香りが、空腹の二人の腹をくすぐった。
無意識に喉が嚥下する。
ゆったりとテーブルに近づくミナトと世羅を、二人は急かすように呼び寄せた。




「ああ、やっぱり世羅の飯は旨いなあ」

「そうか……?ありがとう」


綺麗に食べ尽くされた食器の残骸を見た世羅は、嬉しそうに頬を緩めている。
満足したようにため息をついたミニリュウの言葉に、茶を啜るロコンも小さく頷いた。
昨日の夜、初めて世羅の料理を食べて動きを止めたロコンの姿も記憶に新しい。
その時の世羅の焦りようも珍しいものだった。
結局は、がっつくように箸を進めるロコンに安心したようにため息をついていたが。


「そう言えばさあマスター、さっき隠した紙はいったいなんだったの?」


中身を飲み干したグラスをテーブルに置いたロコンは、思い出したようにミナトを振り返った。
ロコンの問いにミニリュウもあ、と声をあげる。
世羅の夕飯で誤魔化せたと思ったミナトは、分かりやすく苦い表情を作った。
ロコンは、ミナトの手持ちとなった日から彼女をマスターと呼んでいた。


「……まだ聞く?」

「気になるんだからしょうがないじゃん。そんなメンドーな顔するんだったら素直に教えなよ」


小さくため息をついたミナトに、ロコンはにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
今度は逃がさないと言ったところだろうか。
話の読めない世羅は少し考え、そして納得がいったようだった。


「あまり先に延ばしても、余計言いにくいんじゃないか?」

「なんや、世羅はミナトが何してるか知ってたんか」

「まあ、な」


世羅は一つ頷くと、それぞれの空いたグラスに新たに飲み物を注いでいく。
もう少しの間この場に留まらせるために注がれた茶に、ミナトは諦めたようにため息をついた。
そろそろと指をポケットに滑らせると、遠目からでは黒に見える紙をテーブルの上に置いた。


「ミニリュウ、キミの名前、天凛にしようと思うんだけど」


字はこれと言い、ミナトは二つある丸印の内、一つを指さした。
かっと目を見開いたミニリュウは指さされた紙を凝視する。
よく見なくても随分悩んだのだろう。
たくさんの文字が並んでいた。


「てんりん……」

「嫌なら今までのまま、ミニリュウでい、」

「いやいい!それがいい!ありがとさんミナト!!」


噛みしめるように自分の名前を呟いたミニリュウは、じわじわとその表情を喜色に染める。
ミナトの言葉にも被せるように声を上げた天凛は満面の笑みを浮かべていた。
嫌みのない、純粋なそのお礼にミナトは居心地悪そうに指先で紙を弄り回す。
そんな状況が大層面白くないのがロコンだった。


「……何ソレずるい。ミニリュウだけ?僕にはないの、名前」


まるで拗ねたように睨み付けてくるロコンに、ミナトは驚いたように目を瞬かせた。
そんなミナトの反応も、ロコンには腹が立つ要因なようで、今度は名前を貰った天凛を睨む。
ロコンの視線に、天凛は居心地悪そうに頬を掻いた。


「いらないと思ってた」

「いる、仲間はずれとか酷くない?」


頬杖を着いたロコンの顔は、いかにも不機嫌といったようなものだった。
ミナトは少しだけ迷ったように視線を彷徨わせると、決心したように紙をロコンへ差し出した。
そして、先ほど天凛に指さしたものとは違う丸を指さした。


「いらないと思ったんだけど、考えたから、キミは、りえん」


しどろもどろにそう声をあげたミナトに、驚いたのはロコンだった。
逸らしていた目を慌てて戻せば、天凛と同じだけ悩んだような痕がたくさん残っている。
その内の中で目立つように丸された“吏焔”の文字に、吏焔は誤魔化すようにミナトの額を叩いた。


「あるんだったら始めから言ってよ」

「だって欲しいって言わなかったから」


それを言われてしまえば、吏焔も強くは言い返せない。
ぐっと押し黙った吏焔から目を逸らせば、嬉しそうに笑う天凛に、微笑ましそうに見つめる世羅がこちらを見ていた。
話を切り出す前から気恥ずかしさを感じていたミナトは、勢いよく席を立ち上がった。
突然のミナトの行動に驚いたのは他の三人だった。
ミナトは一度振り返ると小さくお風呂、と呟くと鞄ごと持ち去ってバスルームへと消えていった。
鞄から着替えを出すのさえ惜しいほど、居心地が悪かったのだろうか。


「……逃げた」

「逃げたなあ」


吏焔と天凛が押し殺そうと笑みを噛みしめる。
しかし引き結んだ唇からは殺しきれない笑い声が漏れる。
ついにはテーブルの伏せて、肩を震わせていた。


「っはー……なんやもう、かわいいとこもあるやんか」

「ただのむっつりかと思ってたんだけどね、僕」


未だににやにやと笑みを形作る口元を隠すように言葉を紡ぐ。
そんな二人の様子に、世羅はそっと笑みを浮かべた。
長めの睫毛が頬に影を作る。


「二人とも、これからもミナトをよろしく頼む」


造り慣れたような綺麗な笑みを浮かべた世羅に、天凛と吏焔は驚いたように動きを止めた。
表情が固まった二人に、世羅は吐き出すように息をついた。


「な、何当たり前のこと言ってるん?びっくりしたわー」

「そうだよ、マスターの面倒のことでしょ?そんなん世羅もいっしょに見るに決まってんじゃん」

「それは無理だ」


慌てたように言葉を紡ぐ二人に、世羅ははっきりと否定を示した。
どこか寂しげな、それでいて覚悟を決めたような笑みで答えを吐き出す。
伏せられた睫毛は、少しだけ震えていただろうか。


「ミナトは、オレのことが世界で一番、嫌いだから」


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