?が仕事を丸投げして脱走し、代行・檜佐木修兵が額に青筋浮かべながらようやく最後の一枚に(?の)名をしたためた頃。 隊舎の外がざわめき立った。 5 Can't stop thinking of you. ─(判ってるよ) ?を見るためだけに珍しく執務室にいた野郎共は、その愛しの姫が窓から逃走したと同時にあっという間に散っていき、熱気のこもった部屋に残された俺と弓親はさっきまで檜佐木に八つ当たりかましてた。 朝から試練場で汗流しまくった後の午後は、任務も無けりゃ喧嘩も乱闘も無く、要するに暇だった。そこへ、現世任務の事後処理にと一人強制非番をとらされてた?が書類の山を抱えて登場。 今回は一度だけメノスが管轄内に出現するっつー事件はあったみてぇだが書類がそんな山になる程のことはなかったはず。大方、?が馬鹿みてぇに刀振り回して損壊させた公共物とか民家とか、記憶置換を施した人間とかその費用の記録、あとは多分、通信を怠ったことの始末書な気がする。 自業自得だろ、と鼻で笑ってやったら、目ェうるうるさせて「斑目、手伝って…」なんつーおねだり攻撃を喰らい一瞬グラッときたが、百戦錬磨の俺が引っ掛けられるワケがねぇ。 ぶつくさ文句垂れながら、やっと?が机に向かい始めた頃にゃもう隊士が集まりだしてて、そこへ始末書代行・檜佐木が現れ?は逃亡、今に至る。 「ウルセーな…外」 「気になるなら見に行けば??の霊圧でしょ、コレ」 「知るか。それより弓親テメェ、俺の机に爪落としてんじゃねぇ!」 さっきからザリザリ爪をとぎまくる (といでるんじゃない整えてるんだ!)迷惑極まりない弓親はもう放っとく。 それより気になるのは、近付くお姫サマの霊圧に寄り添うもう一つの、見知った霊圧。久しく感じていなかったソレに違和感と言うか、何かを感じて俺は木刀に手を伸ばし腰を上げた。 ──その時。 スパーンと勢い良く開かれた扉。 その向こうに、野次馬らしい隊士をごっそり引き連れて立つ一人の男。 「おーッス、一角!」 「やっぱりテメェか、一護…──ってオイ」 橙色の髪をした死神代行・黒崎一護は、行方知れずになっていたウチの姫君をなんと── 「…イヤ、あんま動かすなって阿近さんが」 ちゃっかり横抱きにしていた。 な?って気持ち悪ィくらい優しく尋ねた一護。その視線の先の?は、怒ったような泣きそうな顔をフイッと背けた。 いつもの?だったら、そんなことしようもんなら(つかする前に)叩っ斬るくらいなのに、どういうわけか今は借りてきた猫みてぇに大人しく一護の腕に抱かれている。 だがそれより気になるのは、 「阿近、て…」 聞き覚えのあるその名前を呟いたら一瞬だけ?の霊圧がピクリと振れて、俺は?を凝視した。 「へぇ、意外とやるね」 初めて見る?の様子に興味がわいたのか、弓親も爪をいじるのを止めてクスリと笑った。 「…つうか!?のこと探してたんじゃねぇのかよ修兵!」 手近な椅子に?を座らせてズカズカやってくる一護を、大事な大事な姫を取られたらしいと知った檜佐木がユラリ、立ち上がって迎えた。 「人の女に手ェ出すのがテメェの遣り口なのか、一護」 「なに言ってんだよ、お前が── 「良い度胸だな…ッ」 「バカ斬魄刀抜くなッ…!人の話聞きやがれ!」 ギャアギャアやり始めた二人を横目に、俺は?に近付き思いっきり見下ろしてやった。 気配を察したからか、深く俯いたまま顔を上げようとしない?の顎を、木刀の先で無理矢理上向かせてやる。 「怪我してたのか」 「…」 片足だけまくられた死覇装から、黄色っぽい塗り薬に覆われたあざが見え隠れしている。まだ毒々しい色はその傷が最近できたものだと示してて。 一気に、頭に血が上った。 「答えろッ!」 いつもの空気をぶち破る俺の大音量に一護も檜佐木も動きを止める。?はだんまりを決め込むつもりだったらしいが、俺が霊圧を上げると観念して口を開く。 ──聴こえた答えは最悪だった。 「…関係、無い」 「テメ、」 ──どん…ッ、! 「一、角…何して、 「黙ってろ一護」 一護が青ざめんのも無理はない。俺は?を、椅子から突き落としたんだから。 「出ていけ」 「あんな約束ひとつ守れねェんなら、 ──テメェは要らねぇ」 口を引き結んで弾かれたように飛び出していく?、困惑した顔のままそれを追う檜佐木、事情も知らねぇクセに睨みをきかせてくる一護。 「…一角!何してんだよッ!」 「黙れッ!テメェにゃ関係ねぇ!」 言いながら、?の座ってた椅子を後ろに引きずり倒す。 その剣幕と、脇から諌めるように伸びた弓親の腕にさすがの一護も何か感付いたらしい。俺をキツく睨み付けたまま、開け放たれた扉の外に消えていった。「一角」 「…」 弓親のため息が背後から聴こえ、俺は脱力して床に座り込んだ。 簡単な話だ。 ?が俺の下に就いたばかりの頃。 稽古中にアイツは怪我をした。相手は俺だった。 アイツはそれを隠したが、ちゃんと手当てしなかったせいで傷はどんどん悪化した。 ついには化膿して酷い状態になっちまって、隠しきれなくなった時にようやく俺たちも気付いた。 卯ノ花さんが直々に治療してくれて何とかなったが、あと一日でも遅ければ腕を切り落とすしかなかったと言われた。 十一番隊は戦闘部隊だ。怪我は付き物だし、殉職するヤツが一番多いってのも事実。 でも、?は。 『女だろ、お前は』 『ッ、もう一度言ってみろ…!』 『いーから聞け。女だから大人しくしてろっつってんじゃねェ。お前は強い』 『…』 『強ぇヤツ──戦いで死ぬ恐怖に怯えねぇヤツは、戦いで死ぬ。必ずな』 『だから何だって言うんだ』 『それまでは死ぬな』 『…』 『それまでは、腕一本失くすな。つまんねぇ死に方すんのだけはやめろ。お前を女扱いすんのは見下してるからじゃねぇ。お前が女だってのは俺たちが覚えててやるから、存分に戦って暴れてこいってことなんだよ』 『…っ』 『わかったら、もう二度と怪我したの黙ってんなよ』 そのとき初めて、?が涙を溢すのを見た。 分かってくれたと思ってた。 「…こんなモンかよ、」 嘲笑うように呟けば、弓親が椅子を立たせながら静かに言った。 「言えなかったんじゃない?」 あの時一角が言ったことってさ、 全力で心配してるからな、 ──って。 僕にはそう聴こえたけど。 「痛そうだったね、あざ」 「…」 「雨でも降るんじゃない?外暗いし」 「…オイ、」 振り返った先には、呆れ顔でこっちを見下ろす弓親。 「定時までには連れてきてよ。今日は?のおかえりパーティーなんだから」 早く行けとそいつが追い払うように手を振ったときには、俺はもう飛び出していた。 十一番隊舎のまるで反対側、二番隊の屋根の上で、小さく丸まってる?を見つけるのは簡単だった。 「?」 できるだけ優しく呼んだつもりでも怯えてビクンと揺れた細い背中。いつもその辺の男より威勢が良い分、こういうときの?は消えちまうんじゃねぇかってくらい弱くなる。 しかも、?はそういう姿を俺の前でしか見せない。 ──ちゃんと、甘えてくれていた。 「?…悪かった」 守るように後ろから抱き締めて。丸くなった背中をすっぽりと包んでやれば、強張ってた体からフッと力が抜けていった。 「ごめんなさい、っ…」 「?」 「…約束、やぶって、ごめんなさい」 すっかり怯えてしまった?を見て、俺はひどく後悔した。 「痛かっただろ…さっきの」 膝の上で強く握りしめてたのか、赤く痕が残る両手に俺のを重ねて親指でさすりながら。 耳元で謝罪の言葉を呟けば、濡れた目からぱらぱらと涙が溢れた。 「弓親が言ってたんだけどよ」 「…ん、」 「俺は心配し過ぎなんだと」 「…」 「アイツだって人のこと言えねぇクセになぁ」 ──俺たちみんな、お前が心配なだけなんだよ。 「斑目」 「ン?」 「約束、ちゃんと守るから」 「…そうしてくれ」 ありがと、 小さすぎるその声は、俺の耳にだけはっきり届いた。 |