至上主義 | ナノ





「阿近、かくまって?」


 実験後、換気のために開け放っていた窓から女が飛び込んできて、この一言。

 いつもいつも何の前触れもなく現れてその場を散々かき乱して消えちまうから、俺は多分この女が苦手だ。
 そんなこととうに気付いてるくせに懲りもせずやってくるのは、百歩譲って「好かれてるから」ってことにしてやる。が、生憎と今日は隊長が出てきてる。コイツの存在に気付かれでもしたら、ただでさえ面倒臭ぇのがさらに倍だ。


「悪いが今日は、「阿近」


「お願い」



 ──やっぱり、絶対苦手だ。




 Would you please take my hand,
 princess ?
 ─(頼りにしてるからね)



 俺と女──??の攻防は、コイツの不法侵入から五分経った今も続いている。
 器具を片付けながらチラリと見遣った?は、ちょうど口元で両手をぱっちり合わせて不安げに上目遣い(クソ、)していた。
 男を片っ端から手懐けちまうそんな卑怯な手には乗りたくないから、情けねぇが俺はツイ、と目を逸らして?の手を乱暴に引っ張り下ろす。


「…勘弁しろよ、」
「何か言った?」



 ──調子乗りやがって…



 そうやって毒吐けんのも、心の中だけ。媚びるのが死ぬほど嫌いなコイツに言ったところで、逆に「何考えてんの、気持ち悪い」とバッサリやられるのがオチだ(つか俺じゃねェ)。

 つまるところ、コイツが繰り出すいわゆる可愛い仕草っつーのは全部が全部、無意識。
 恐ろしい女も居たもんだ。


「駄目?…良いでしょ?修兵がストーキングしてきて困ってるの」
「だからってウチに逃げてくるな。後が面倒くせェんだよ」
「…」
「帰れ、それかほか当たれ」


「…じゃあマユリのとこ行「わァーったよッ!くそ、…」


「ありがと阿近。君が話の分かる人で良かったわ」


 途端に顔をほころばせて、手近な場所に腰を下ろす?。
 コイツは涅隊長を友達か何かだと思ってるらしく、警戒心ゼロで隊長に近づくもんだからマジでその内かっさらわれて実験対象にされんじゃねぇか、と俺は思ってる。

 てかそこ作業台だ、馬鹿。


「あーやっぱりここ落ち着く」
「…そうかよ」 いつの間にか足袋も草履も脱ぎ捨てて、素足をぶらぶら揺らすコイツは、それだけのことにどれほど俺がかき乱されてるのかなんて、一ミリも考えてねぇんだろう。
 然して女に興味があったわけじゃねぇ俺でコレなんだから、外のひよっこ共や自称・?の恋人っつー修兵なんかは毎日ご苦労なこったとしか言いようが無い。

 あー…にしても。



 ──噛み付きてェ、



 どうしたらそんな色になるのか聞きたいくらい、明るく柔らかな肌色の、足。

 暑いのか膝まで捲り上げた死覇装から伸びるその両足は、あれだけ毎日稽古だ鍛練だと走り回ってるはずなのに文句なしに綺麗な肉の付き方をしていて、でも足首はガキの腕よりも細ぇんじゃねぇかってくらいで。
 おまけにすらりとした指先が、今は暑さでうっすら赤に染まっているとくればもう──…つか、


「お前ソレ、どうした」
「ん?」


 え、なに?とか何とか言いながら俺の視線の先、裸足の足下を覗き込む?からは多分見えない、右足の膝裏の、少し外側。

 ひどい内出血の上に、青だか紫だかの入り交じったような大きなあざが、滲み出るようにそこに広がっていた。

 肌が白いぶん、それはもう痛そうを通り越してゾッとする色だった。近付いて、眉をしかめながら爪の先で軽くソコをつついてやれば、?は思い出したようにちょっと笑った。


「あ、あー…大丈夫、これもう治りかけだから」
「馬鹿言え、どうせまた診てもらってねェんだろ…ちゃんと四番行けよ」


 触っても痛がらねぇとこを見ると確かに大丈夫そうだったが、そのあまりにも禍々しい色はどうにかしてやりたい。
 足裏を掴んで、しゃがんだ俺の膝に乗っけて死覇装をさらに捲り上げ、しげしげとそのあざを眺めた。

「こりゃひでェな…何で放っとくんだよ」
「卯ノ花さん痛くするんだもん」
「ンなこと言ってる場合か、痕残るぞ」

 一度足を持ち上げて床に下ろす。軽度打撲用の軟膏は、この前もコイツに使ったばかりだから確かその辺に置いたはずだ。
 傷の絶えない?は、いつも四番隊の世話になるのを嫌がる。自分はドSのくせに、理由を聞けば「染みる」だの「痛い」だのとまぁガキと変わんねぇんだが、ウチの隊長は恐ろしいくらい?を溺愛しちまってて、


「?が来たら必ずワタシに知らせるんだヨ。それから怪我だがネ、痕は決して残すんじゃないヨ」


 ──と、ばっちり脅しをかけられてる。前者は守っちゃいねぇがな。
 なのにコイツは愛されてる自覚が無いばかりか流血しようが折れようが、怪我にはまったく無頓着でどうしようも無い。まぁそうは言っても四番での治療には元々限界がある。傷は塞いでも、塞いだ傷痕の面倒までは見ちゃくれねぇからな。そのために俺がいるわけだが。



「お前が怪我すっとうるせェんだよ、色々」


 だからあんまり無茶すんじゃねぇ。

 そういう意味で言ったつもりだったのに、当の本人はなぜか嬉しそうに微笑んだ。



「でも阿近が治してくれるでしょ?」



 首を傾げてあざのある片足を持ち上げるその表情に、反省の色、無し。

「…はッ、敵わねェなお前には」



 残念なことに。

 俺はコイツが苦手だが、嫌いじゃねぇらしい。

 





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