至上主義 | ナノ








 ?を見つけたと、檜佐木さんから一言だけ連絡がきた。






 だけど、それっきり。






 返事がぱったりと途絶えて、最初こそ何かあったんじゃないかと心配して何通も伝信を送ってみたりしたけど返信はなし。
 便りがないのはと言うくらいだし、向こうから何も言ってこないなら?は無事なんだろうと思う。

 無事ならそれでいい。にしても、



 ──まったく、こんな酷い雨の中、あの二人ときたらどこで何をやってるんだか。



 大方どこかでイチャついてるんだろうけど。

 そのせいで一角なんて心配通り越してもう半ギレ状態だ。




「一角」
「…」




「ちょっと聞いてる?」
「だーッ!クソ何だよ弓親!」

「外見に行ってくるから」
「…おう」
「しっかりしてよ、もう」
「…るせェっての」
「良かったじゃない、見つかったんだから。何がそんなに気にくわないのさ」
「…」




 まあ分からなくもないけど。


 誰よりも大切にしてきた姫君を、ぽっと出のツリ目に取られちゃったんだから。



 行き場のない感情、ってヤツかな。

 ?のことを一番よく知ってて、一番大切にしてて、一番側にいたのは間違いなく僕たちだった。




 でも、?が自分のことを一番知ってもらいたくて、一番側にいてほしいと思っているのは僕たちじゃない。




 そういう人を、?が見つけられて良かったと、一角も僕も心底思ってる。
 ?が幸せになれるならそれ以上のことはない。


 だけど、やっぱり、悔しい。







 ?のことが誰よりも好きだから。







「…──あ、」










 広げた番傘の中に滑り込むようにして外へ出て、門の方まで行ってみるかと目を上げたその先に。





 ずっしり濡れた死覇装を絞りながら、楽しそうに笑う、二人が。











 I'm with you.
 ―(今日から君って呼ぶから)





「…あ、」
「おかえり、?」


 声をかける前に?のほうが気付いてくれたのが嬉しくて、照れ臭そうに笑って少し頭を下げてみせた?に僕も笑みを返す。
 独りきりで生きてきたこの子が、「おかえり」と言われる度に本当に幸せそうに笑うのを知ってる。



 だから僕は、?にだけは、心からそう言ってやるんだ。



「…ただい、ま」
「うん、おかえり」


 持ってきた傘を渡して、雨に濡れてすっかり冷たくなった体を撫でてやれば、?は唇を引き結んでうつ向いてしまった。恥ずかしがってるだけだから特に気にはしなかったけど、隣の男はとても気になったらしい。


「綾瀬川」
「何ですか、檜佐木さん」

「…わざとやってんのか」
「まさか。?が寒くないか心配してるんですよ僕は」


 ただでさえ目付きの悪いこの人が、僕を見据えてすう、と目を細める。そんなものを見たせいで、僕としたことが、ほんの少し残っていた嫉妬と苛立ちを思わず声に乗せてしまった。

 ?のこととなると冷静でいられないのは一角だけじゃないみたいだ。



 だけどそれはこの人も同じだと僕は思っていたから、ああ不味い売り言葉に買い言葉になるじゃないか、と一瞬後悔すらしかけたのに。





「――悪かった」





 ?の頭を同じように撫でて、すまなそうな声でぽつりとそう言われて心底驚いた。


「悪ィ、」
「…大丈夫」


 今気付いたとばかりに、ばつが悪そうにあたふたしだす檜佐木さんと、苦笑しながらそれに答える?。
 ?が寒くないように肩を撫でてみたり背中を擦ってみたり、ひとしきり忙しなく動いた檜佐木さんの腕は、最後には所在なく下ろされた。


 ――あーあ、抱き締めてやりたいけど僕が邪魔ってことか。





 まぁ、そうやって?を最優先に考えてるところは及第点をあげても良いかな。





「じゃ、僕は戻るよ」
「…え?」
「一角が心配してたから後でちゃんと顔出しにおいでよ」
「私も一緒に、」

「檜佐木さん」
「あ?」








「大事にしてよ、ウチの姫君なんだから」





 ピタリと見据えてそう言えば、檜佐木さんの目が柔らかく揺らいだ。



「…分かってる」








 ?が誰かのものになるのをこうして見守る日が来ようとはね。
 もしそんなことがあれば相手の男をとことん苛め抜いてやろう、とすら思ってたから、予定とだいぶ違うけど良いか。


 くるりと踵を返して少し行ったところで、後ろからぱしん、と小気味良い音。
 笑いを堪えながら耳をすませば、小声で言い争うのが聴こえた。


「…冷たいってば、」
「暖めてやるって」
「君の手が冷たいの!」
「君じゃねーだろ、修兵。ハイ」
「何」
「だから、…ちゃんと名前で呼んでみ」
「いや」
「?」
「…」
「?…」
「ん、…っ!つめたいってばもう!」
「痛ッ!」


 またぱしん、と音がして思わず振り返った瞬間、二人の差していた傘が地面に転がって…――ああやっぱり、振り向くんじゃなかった。





 名残惜しいとでも言うように何度も唇を撫でながら、?を抱き締める檜佐木さん。

 雨に濡れるのも気にせず、やっぱり幸せそうに檜佐木さんの胸元に顔を寄せる?。





 ――ほんと忌々しいったらありゃしない。





 僕の視線に気付いた檜佐木さんは、ニヤリと笑ってもう一度、?の唇を塞ぎにかかった。












というわけで!
随分間があいてしまった上に企画で番外編を挟んじゃったりしてたいへん遅くなりましたが、これにて馴れ初め篇完結です。
何が書きたかったのかと言うと、腹の傷やら自分を痛め付ける?ちゃん…ってのもあるけど(笑)、やっぱり"独り"以外の生き方を?ちゃんに教えてくれたのが檜佐木だった、てことですよ。めでたし!←何で最後いい加減

今後はまた一話完結で更新していきます!




 





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