人は死ぬ。 思っているより、ずっと呆気なく。 正確に何年住んでいたかは覚えていない。けど流魂街で血を見ない日はなかった。 家族も帰る家もなく、夜は死ぬ覚悟で眠った。 次の朝目覚めてまだ生きている自分に安堵し、そして次の晩死ぬかもしれない恐怖に怯えた。 でも私は結局生きていた。 なぜかは分からなかった。 誰かが死ぬ、それがたまたま自分ではなかっただけ。そう思っていた。 ある日村に化け物が出て、黒い服を着たお役人みたいな人たちがやってきた。 彼らは刀を振り回してあっという間に化け物を灰にした。それから辺りを見回して、木の上にいた私をどうしてか見つけた。私に降りてくるよう言って、そして降りてきた私に一言、お前は自分の力を分かっているのかと聞いた。 そのとき初めて、 私が生き延びているのは私の力のせいだと。 誰かが死ぬのは私が生きる、その代わりだと。 知った。 あまりにも長い間、あまりにも酷い所にいたことが、私の力を人より虚に近いものに歪めてしまった。 幸か不幸か、今日まで虚の餌食にならなかったのはそのおかげなのだと。 冗談みたいな話に笑った。 ──なのに私はまた殺したんだ。 この力は奪うためじゃない、生かすためにあるんだと誰より自分が信じたくて私は彼らに付いていった。 たくさんの弱い命の代わりに生き延びたことを、自分に許してあげたくて死神になった。 けど私はまた殺してしまった。 守れなかった。少しも。 弱いことは罪にはならない。 ──でもその逆は、悪だ。 8 Without myself, the world could be completed. 雨でぬかるんだ土が、汚くて私みたいだった。 ここに戻ってくるつもりはなかったけど、部下を二人も死なせてしまった私が生き延びるなんてこと、もう許せそうになかったから。 誰かに生かしてもらうしかできないのなら、今度こそ一人で。 死んでしまえばいい。 「…しゅ、へ、」 小さく呟いた名前は雨音に紛れた。浮かんだ顔は、消えない。 あの人の、笑った顔。 私やっぱり、駄目だったよ ──…修兵。 私とは全然違う意味で、強くて優しくて恐がりな人。 私のことなんてきっと何にも知らなくて、なのに自分は両腕をめいっぱい広げて笑いかけてくれてる、そんな人。 当たり前のように好きだと言ってくれた。 当たり前のように好きになった。 だけど結局、私は言いたいことも思ってることも伝えられなかった。 ここで終わりなんだからそれで良かったのかもしれない。 あの人ができるだけ悲しまなければいい。 今はもう、何か強く思うことがあるとすればそれだけ。 ──ああでも、 最後に、顔、見たかった。 「?」 「やっと見つけた、っ…この、馬鹿」 あたたかい、胸が 声が、腕が、 私を包み込んだ。 「一人で、いなくなったりすんな。もう、絶対、」 耳の後ろに、囁きながら、確かめるように何度も何度も唇が触れる。 「どこにも行かせねぇから。お前は、俺の女だろ」 胸の奥が熱くなる。 修兵が優しく笑って、促すように目尻に小さな口付けをくれただけで、不思議なくらい自然に涙がこぼれた。 なんで、どうして、 私は、──駄目なのに。 頭の中はそればかり。 だけど。 分かってるから、大丈夫だから、って、小さな声で何度も何度も囁いてくれるのが、どうしようもなく嬉しい。 嬉しくて、素直にすがれない、すがっちゃいけない自分が悲しい。 「修兵、──… 「お前のせいじゃない」 口出しを許さない、強い瞳がまっすぐ私を見つめていた。 私は何も言えない。 「変に頑固なんだよな、?は」 そして呆れたみたいに笑って、懐から白い小さめの封筒を取り出して私の手に握らせる。 大事にしまわれていたそれはあっという間に雨に濡れた。 「亡くなった子の、実家から。お前が監視室に入ってすぐ届いた」 ああ、あの子だ。 早く早くと焦る私の後ろで、毒に犯された体で「大丈夫ですから」と笑って死んでいった子。 大切な、仲間。でも守れなかった。 「…息子を守って戦ってくれてありがとう、ってよ」 ──“ありがとう”、 「外部接触厳禁だったからな、渡せなかったらしい。もう一人のヤツの親御さんも、毎日見舞い来ようとしてた」 「メノスと対峙して、身体が残ってるんだ。感謝はしても恨むなんて考えもしねぇだろうよ」 そう言って頭を撫でてくれる手が、あたたかい。 みんな、 みんなそうなんだ。 優しくて、あたたかくて、私なんかが甘えて良いはずがないのにみんな、 …──ああ、だから、 私はこんなにも、まだ生きていたいと、願えるんだ。 なんて あたたかなせかい (その真ん中に、あなたがいる) |