至上主義 | ナノ







 昼過ぎの、十一番隊執務室。


「?、これ」
「…」


 俺が差し出した包みを、?は受け取るでもなくじっと見つめた。
 そういうところが小さな動物みたいで可愛らしいだなんて、俺はいつから思うようになったんだろう。



「七席になるんだってな。だから」



 お祝い、とその手をとって包みを握らせてやる。
 ?は相変わらずの無言無表情無反応だったけど、それにもだいぶ慣れた気がした。




 先日行われた試験で、?は席次を四つ上げた。

 斑目さんの下についたと聞いたときは大丈夫かと思ったが、どうやらうまくやってるらしい。その証拠に?の評判は悪いものじゃないし、よく聞けば入隊後初めての試験でこの昇進は異例で、さらに十一番隊で女が上位席官入りしたのは草鹿副隊長に次いで二人め、という快挙だそうだ。

 で、その?の直属の上司である斑目さんの反応はと言うと、昇進発表があった昨晩から隣近所の隊を巻き込んで祝賀会だ酒だと大騒ぎだ。
 もちろん俺にも声はかかったが、あいにく瀞霊廷通信の編集作業が立て込んでたせいで、一夜明けた今日ようやく、七席になったばかりの?に会ってたりするんだが。




 ま、予想はしてたけどな。




 ?の表情に出世の喜びはかけらもない。
 と言うかそもそも何を考えてるのか分からない。


 それなのに、どういうわけか俺はやっぱりコイツのことが気になって仕方なくて。
 さっさと破きゃいいのに丁寧に包みを開けにかかる細い指先から目が離せなかったりとか、する。



 きっちり糊付けされた薄桃の和紙からようやく顔を覗かせた箱の中身は、?の右目と同じ透き通った空色の簪(かんざし)。
 着飾るとかそういうのに無頓着なコイツのことだ、簪なんて使うかどうか分からないし、気に入ってもらえなくても喜んでもらえなくてもいい。ただ、




「お前の瞳みたいで綺麗だろ?」




 ──声が聞きたい。




 反応、してくれ。何でも良いから。




 次に?が動くまでの数秒、こんなに緊張するのは初めてなんじゃないかってくらい、俺はただ、緊張してた。


 ──そういえば、自分から女に物を贈るなんて初めてかもしれない。


 緊張して、そんなどうでもいいことばかりがいくつもいくつも頭の中でパチパチと弾ける。
 そのときだった。






「…りがと、」






 小さな声が瞬時に俺を呼び戻した。

 思わず目の前の?を凝視すれば、?はぎこちなく、でも確かに目を細めて笑っていた。



「?、今、お前…っ」



 あまりにも驚いて、絞り出した声は不自然にかすれた。間抜けにもこのとき俺は完全に?に見惚れていた。


「悪ィ、その…良かった、」
「…」
「こんなに、喜んでもらえるとは思わなくてな、」


 自分から物を贈ったくせに意味の分からないことを言ってる自覚はあったが、それよりも俺は聞きたくてたまらなかった?の声が聞けて、見たくてたまらなかった笑顔が見られた喜びでどうにかなりそうだった。


「ずっと、聞きたかったんだ」
「…?」

「?の声」
「…」


 そう言ってやれば、?は少しだけ目を見開いた。そんな些細な表情の変化すら俺にはすごく愛しく思えて、無意識に伸びた右手が?の髪に触れる。
 俺があまりにも締まりのない顔をしてたのか、その手が髪を撫で頬をなぞり首筋を掠めても、?は咎めなかった。




「…すげぇ可愛い」




 プロポーズかと思うくらい緊張した俺の声色に、?は眉を下げてくすりと笑った。








はじめて笑ってくれた日。






 





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