『相談したいことがあるんです』ってメールが来てあたしはピンときた。 まあ、あの子が引っ越してきてから分かりやすくソワソワしてる誰かさんたちを見れば、誰だって気付きそうなものだけど。 GARDEN6:306号室と303号室 「で、どうしたのよ」 我ながらズルい聞き方をしたもんだわ。膝の上で白くなるほど握りしめた自分の手ばかり見つめて、口を開けば泣き出してしまいそうな?を見れば、何があったかなんて一目瞭然。 あたしから根掘り葉掘り口を割らせても良いんだけど、でもそれじゃ意味無いと思うから。 だから、混乱した頭を落ち着かせるようにパチパチ瞬きを繰り返す?が、自分から話し始めるまであたしは待った。 「三日、前に、私」 「うん」 「修兵に、告白されて、」 「…うん」 ?の前に置かれたレモンティーの氷がカラン、と鳴る。 ──我慢できなくなっちゃったのは檜佐木の方だったか。 珍しいこともあるものね。 あたしと檜佐木は高校から一緒だったけど、そんなに執着するヤツだとは思わなかった。 あいつは一年浪人で一学年上だから実際は?よりふたつ上。あたしに言わせりゃ大した違いじゃないんだけど、檜佐木にとっては結構重大なことらしかった、そう言えば。 「恋次よりも年上なハズなのに、?にとっちゃ俺と恋次は同じ土俵なんですよ。それがすげー腹立つっつーか、なんつーか。?がってんじゃなくてこんな状態になってたことが、」 ──すげー焦るんです。バカですよね、こんなの。 おとといの夜遅くにひどい顔して押しかけてきた檜佐木。あたしが注いでやった酒には少しも口を付けないで、そのくせ酔ったみたいに何でもペラペラぶちまける面倒な男は、面倒を通り過ぎて、もう目を覚ませとひっぱたいてやりたいくらい、?を愛してた。 一人じゃどうにも苦しかったんだろう。でもそういうところ変に気にかけるヤツだから、これ以上周りをかき乱しちゃいけないだなんて考えたのかそれともただ?を気遣った結果なのか。 檜佐木は?に告白したことをあたしには言わなかった。 ──どんだけ不器用なのよ、アンタは。 「わたし、応えられなくて」 「修兵から、逃げちゃっ、…て」 あっちが不器用ならこっちは素直過ぎるのよね。 ちょっと遊んでやろうくらいの気持ちでキスのひとつでもしちゃえば良いのに。泣くのをこらえるあまり、涙は溢してないけど盛大にしゃくり上げてる?の頭を撫でて、そのまま両手で頬を挟んだら怯えたアライグマみたいにくりくりした瞳があたしに向いた。 「考えちゃダメよ。好きかどうかなんてグダグタ考えたって判りゃしないんだから。今はわかんないんだったら、そう言ってやんなさい」 「…乱菊さん、ちがくて、私、」 「なにー?」 「昨日、恋次にも、…告白、されて」 「…あらー」 身を乗り出してテーブル越しに伸ばしてた腕を引っ込めて、あたしはストンと大人しくクッションに腰を下ろした。 檜佐木の後輩だという阿散井を、あたしは檜佐木を通して知った。だからなのか阿散井は最初からちょっとあたしを警戒してた。最初に、取って食べたりしないから大丈夫よって言ったのが悪かったのかもしれない。 あんな素直で純情なヤツが、言い方は悪いけど仮にも先輩である檜佐木がツバつけた女に手を出した、なんてことがあった時点で、あたしにはすごく驚きだった。 もう思うだけじゃ足りないくらい?を好きになっちゃってたのね。 阿散井も檜佐木に?を渡したくなくて限界超えちゃったんだろうけど、この子の性格考えたら、こうなることくらい予想できたでしょうに。 「ふたりとも、…っごく大切、なのに…っ」 ──ほら。 ?はもうこんなにアンタたちのこと考えてるのに。 「っ…あたしが返事、しちゃったら、二人が気まずくなっちゃう──…」 「…」 …あら? 「?、アンタそんなこと気にしてたの…?」 「だ、って修兵がっこ来なかったし、恋次は、何にも言わ、ないし…っ」 私のせいですよね、と?は盛大に項垂れた。 この子はホントに──、 「バカなんだか素直なんだか…いや、バカねやっぱり」 「…らんぎくさ、」 「バカよバカ!なーに悩んでんのかと思ったらもー、そんなこと!」 もうひとつ、考えに入れるのを忘れてた。 ?は可愛い顔して実はサバサバと言うか、あっけらかんとしてると言うか──この際やっぱり馬鹿ってことにしておくけど。あたしが予想してたような、どっちか一人なんて選べないよ、なんてしょうもないことでグズグズ悩むような子じゃなかった。 で、そうだとしたら話は簡単。フラれたからって?の隣を譲る気なんて鼻からないわよ、アイツらには。 それにね── 「…大切なんでしょ、二人とも」 「はい」 「アイツらだって同じよ」 ?はピタリと動きを止めて不思議そうな顔になる。それを見てあたしは苦笑するしかなかった。だって結局放っといても大丈夫だってことでしょ、この子たち。 「付き合い長いんだから、あの二人も」 よく分かってなさそうな?の頭をちょっと乱暴にわしゃわしゃ撫でてやって、だいぶ氷が溶けてしまったグラスを手に立ち上がる。 「これ飲んだら行きなさいよ。もうそろそろ講義終わるでしょ、アイツら」 背中越しに?が壁の時計を振り仰ぐのが分かった。 あたしもつくづくこの子には甘いなと思いつつも、蜂蜜をひとすくい、とろりと?のグラスに入れてやる。あたしと同じで甘いものに目がない?が、このささやかなプレゼントに気付いて嬉しそうに顔をとろけさせるのを想像しながら。 GARDEN6:306号室と303号室 仕事柄あたしはめったに?に会えないから、それはそれでちょっと妬けるのよ、って。 それはまだ言わないでおこう。 |