大学まで電車で一駅、自転車だと15分。一番近いスーパーまで徒歩5分、コンビニまで30秒。 ──それから、修兵の部屋まで6歩。恋次の部屋まで14歩。 GARDEN3:303号室の困惑 大学が始まって二ヶ月が経った。 学生生活にも一人暮らしにもだいぶ慣れて、たったの二ヶ月でこんなに慣れてしまったら、学部の先輩が言ってたみたいに大学なんてあっという間なんだろうな、と思った。 初めてのゴールデンウィークは、同じマンションのお隣さん仲間──修兵と恋次とOGの乱菊さん──とバーベキューしたりみなとみらい行ったり人生ゲームしてるうちに終わった。 地元の友達と離ればなれになって、知らないところでまた一から親友と呼べる人なんてつくれるのか、ましてや私は女子校育ちだし。そんな心配は、有り難いことに引っ越したその日に吹き飛んだ。 左隣の修兵とは一番最初に仲良くなった。男の子と二人で話すなんて何年ぶりだろうとドキドキしたけど、インターホン押して出てきたのは、目付きの鋭すぎる、でもすごく愛想の良い人で、気づけば緊張なんて忘れていた。 あの日のスリッパのお礼に、次の日ベタだけどクッキーを焼いて持っていったらものすごく喜んでくれて、何を思ったかさらに翌日お礼にとクリーム色の大きなクッションをもってきた。 「…修兵、君が私にお礼する意味がわからないです」 「だから昨日のあれ、クッキー。マジうまかったからサンキュ!って意味」 「昨日のはスリッパのお礼だよ?」 「知ってる」 「…」 これじゃあ堂々巡りになると思って討論した結果、スリッパのお礼は“今度私がご飯を作りに行く”でまとまった。クッキーとクッションは修兵いわく「お近づきの印」ということで落ち着いたらしい。よく分からないけど。 そういうわけで、ご飯を作りに行った、引っ越して一週間経った日に、恋次とも知り合った。恋次は修兵以上に目付きとか色々鋭すぎたけど、修兵と同じくらい、素直で面白い人だった。 修兵のリクエストで作ったすき焼きは、完全に遊びモードに入った修兵と恋次が冷蔵庫にあったあらゆる食材をガサッと入れてしまって散々だった。もちろん、ちゃんと食べたあとで、だけど。 「やべぇチーズきたわ」 「うそ、おいしいの?!」 「?も食ってみ、めちゃくちゃうまいから」 恋次おすすめのとろけるチーズ、インすき焼きを一口食べて、瞬間私は色々なことを後悔した。 「な!」 「…恋次」 「何?うまい?」 「…これから、料理の味見は乱菊さんにお願いすることにします」 不味くはない。決して不味くはないのだけど、それはあくまでチーズとすき焼きだった。必然的に恋次の味覚を疑った私は、恐る恐る聞いてみる。 「…ねぇ、このすき焼きほんとにおいしかった?」 「うまかったって!お前、俺らのこと味音痴とか思ってるだろ?!」 「恋次てめぇ何で俺も入ってんだよ」 「あ、先輩は最初っから信用されてないっスよ」 「は?…おい?」 「だって修兵、何食べてもおいしいって言うし…」 「うまいもんはうまいんだから仕方ねぇだろ。嫌ならもううまいもん作んな」 逆ギレ風に宣言された私は、勝ち誇ったような修兵と首を縦に振って頷きまくる恋次に、それ以上何も言えなくなった。 ──だって、すごく嬉しい。 会ったときからそうだった。 女子校だって言ったら、「お嬢様かよ。じゃ、甘やかしてやんないとな」と楽しそうに頭を撫でてくれた修兵も男の子と二人乗りなんてしたことなくて、オロオロしていた私の両手を掴んでぐるりと腰に巻き付け「こう。な?」ってニカッと笑った恋次も、二人とも。 優しすぎて、困る。私には何にもないのに。 顔も性格も平々凡々で、ちょっとだけ勉強が出来たから入れた高校は、男と言えば先生くらいしかいなかった。 女友達とわいわい過ごす毎日は本当に楽しかったけど、彼氏が欲しいと思ったことはたくさんあった。いなくてもいいなんて言ってても時々寂しさに襲われるのは止めようがなくて、手を繋いで歩くカップルを見ては少し落ち込んで。 こんな、普通過ぎてつまらないことばかり考えて人を羨んでる自分が、誰かに好きになってもらえるなんて思えない。でもこれが私なんだから仕方ない。 矛盾した言い訳を、きっと私はいつも逃げ道にしていた。 ──だから。 だから余計に分からなかった。 二人が私に構ってくれるのも優しくしてくれるのも、何かするときは当たり前のように私を誘ってくれるのも。 ただの男友達、と冷静に捉えることなんて出来なかった私は、二人の優しさにいつもドキドキして、それを隠すので精一杯だった気がする。 二人から告白されたのは、雨に包まれた六月の最初のことだった。 GARDEN3:303号室の困惑 自分のことで精一杯だった私は、そのとき初めて、揺れる瞳で自分を見つめる男友達の気持ちを知った。 |