あのやたら短いスカートに興味がなくなったのはいつだったろう。 あいつの通う大学で、たまたま見かけた母校の後輩らしき女子高生。 二年前、同じように入学手続きの書類が入った封筒を大事そうに抱え俺を探すあいつが、俺の車――あ、あの時はまだ二輪だったか――を見つけて嬉しそうに走り寄ってきた時、あいつは同じ制服を着てた。 灰色チェックのプリーツスカートは変わらないが、リボンは、あんなやつだったっけか――ちょっと思い出せねぇ。後で聞いてみるか。 それにしても、 「…遅い」 図書館に寄っていくから、と待ち合わせをこの時間にしてきたのはあいつだ。 ――イヤ、怒ってるんじゃなくて、あいつは遅刻とかしない性格だから。だから少し心配になってきただけ。 だが一度そう考えたらもう駄目だった。 助手席に放り投げた携帯電話を意味もなく何度も確認してしまう。遅れるなら連絡くらい寄越しそうなもんなのに。 付き合い始めた頃のまま、『?ちゃん』で登録されてる番号を表示して、悩む。 まだ図書館にいるなら電話出れないだろうし、後で着歴見てウンザリされんのは癪だけど、――あと一回。あと一回かけたら、大人しくしてよう。 年上のプライドなんて、あったもんじゃねぇな。 「修兵ー!」 「…?」 そう、携帯を耳に当てたと同時に聴こえたのは?の声。 風を入れようと開け放ってたサイドウインドウの向こうに、小走りでやってくるその姿が見えて俺はこっそり携帯を閉じた。手振ってるし…可愛い。 ひらひら手を振り返してやって、助手席の方へ身を乗り出してドアを開けてやろうと手を伸ばす。だが?が分厚い本を何冊も抱えてるみたいだったから、ちょっと考え直して車を降りた。――断じて、後ろに要らねーヤツがついてきてるのが見えたから、とかじゃない。 「ごめん修兵、遅くなって」 「…随分な量だな」 息を切らしながらもニコニコしてる?の手から本を受け取って、さりげなく後ろの野郎に視線を送ってみる。 俺の剣呑な目付きに気付いたらしいソイツは、黙って軽く目礼を返してきた。 「?、コレも」 「あ、忘れるとこだった…ごめんね、ありがと一護」 よく見ればソイツの手にもやたら分厚いのが何冊か。 慌てたようにそれを受け取った?と、イチゴと言うらしいその男は二、三言話してすぐに別れたようだった。その頃には俺は車に戻って、?が抱えてきた本を後ろの座席に押し込んでいたから知らないが。 にこやかに手を振ってソイツを見送る?の背を、運転席から何とも面白くない気分で見つめる俺。 無意識に、握りしめたハンドルを指でコツコツ叩いていた。 「…ごめんね修兵、車だと思ったらついいっぱい借りちゃって」 そう言って眉を下げてみせながら、?が乗り込んだ助手席。 女々しすぎる気がして本人には絶対に言えないが、未だに?しか乗せたことはない。――これから先も、それでいいと思ってる。 「俺はアッシーか」 「アッシーって…修兵古いよ」 「…うるせ。うお、お前コレ、何入ってんだよ」 やたら重いバッグを受け取って後部座席に放り投げる。 それを見た?が横でムッと顔をしかめたのが何かもう可愛くて、思わず伸びた手が柔らかな髪に触れた。 「…電子辞書入ってたのに」 「大丈夫だって」 言いながらも手は止まらない。 午後の日差しに薄くきらめく髪をすくって首筋を撫でる。 照れ臭そうにうつむいて、締める途中だったシートベルトを握りながらそわそわと周囲を気にする?。表向きは気遣って、でも本音を言えばもっと近くで触れていたくて、助手席の背を限界まで倒して覆い被さったら呆れたように頬をパチンと叩かれた。 「何するの」 「これで見えないって」 「…ホント、もー…馬鹿」 「馬鹿で結構」 頬を叩いてきた手のひらを助手席のシートに押し付けて。 外を歩いて冷えたのか、いつもより少し冷たい唇を、俺ので挟むように食んでみる。 「もー、しゅうへ…、ん」 「?お前アレ、駄目だからな」 俺の脳裏に焼き付いているのは、さっきの二人の親しげな姿。 「っ…何の話」 「あのイチゴとかいうヤツ」 何でもないと理解した気になって大人ぶっても、心のどこかで俺はやっぱり、アイツの存在に揺さぶられていたらしい。 思わず不満を口にしたら、?は一瞬ピタリと動きを止めた後吹き出すように笑って、無理矢理引っ張り出した両手で俺の顔を包んだ。 「…何だよ」 「修兵も焼きもちとかやくんだね」 「スイマセンね」 「拗ねないでよ。何か嬉しい」 その言葉通り、?は心底嬉しそうに目を細め、さらに腕を伸ばして俺の首に回そうと―― 「ちょ、待て」 ――いま、 「お前ソレ、」 「え?――…あ」 「いつ開けた」 耳に光ったのは、ピアスだった。 「いつ」 「おととい、くらいに…」 「ふーん」 面白くない。 なんとなく、いや、かなり面白くない。 無言で、首に回されようとしていた細い腕を掴んでまたシートに押し付ける。 何の抵抗もしないでされるがままになってるのが、俺の機嫌を気にしてるようで余計に腹立たしい。 開けるなら俺にやってもらうって、言い出したのお前のくせに。 ――ピアス開けたい ――良いけど、医者行けよ ――えー、うーん…修兵やってくれない? ピアスくらいで、と思えれば良かったんだろう。 残念なことに俺はその真逆といってもいいくらいの心境だったが。 「自分でやった?」 「…」 「?」 「…う、ん」 「嘘だろ。…誰にやらせたの」 「…」 俺の口調がキツくなればなるほど?は怯えたように声を小さくする。 名前を呼んでも目が合うことはなくて、逸らされた視線はどうやら俺の首元あたりをさまよっているようだった。 「…ごめんなさい」 固い声でそれだけ言った?は、唇を噛んで泣くまいとしてるようで。 それを見てようやく、忘れていた罪悪感が襲ってきた。 「…悪い」 男か女かも分からない相手に嫉妬して、誰よりも大事なはずの子を泣かせて。 「キツかったよな俺、…ごめん」 掴んでた手をゆるめ、じんわり熱を持ったそれを柔らかく握り直す。 涙の滲む目元に口をつけると?が控えめに鼻をすすって、ますます申し訳ない気持ちになる。 「ごめん」 「ううん、…最初に私がちゃんと言えば良かった」 「…」 「三日前くらいに開けてもらったの」 泣かせといてアレだけど。 「…ごめん、聞きたい」 「うん。一護の、お父さんに」 「お父さん?」 「お医者さんなんだって」 俺の様子をうかがうように、チラチラ目線を投げかけてくる?。 もう怒ってないからという意味を込めて軽く頭を撫でてやってから、シートに流れる髪の毛を避け、改めて小さな石の光る耳たぶに目を落とす。 「おとといじゃ、まだ痛いだろ」 「もう大丈夫。引っかけたりしなければ」 「…そっか」 寒いとすぐ赤くなる、形の良い?の耳が俺は好きだった。 もともと色が白いから、寒くても暑くてもすぐあちこち赤くなるんだが。 「可愛いのしてんじゃん」 「…うん」 ちょこんとそこに居座る石をじっと見つめながらただ撫で続けているうちに、気付けば俺は?の耳に口付けていた。 「や、ちょっ、修、待っ…て!」 「んー?」 「やだやだ耳!や、!」 「っ…は、…?、横向いてろ」 嫌がる?の可愛さに、面白半分で軽いキスを繰り返してたのも最初だけ。 くすぐったいのか、身をよじっては鼻にかかったような声を至近距離で聞かされて、腹の底に火がついたようになる。 舌先でピアスを濡らしながら、唇で耳朶を食み、何度もキスを落とせば?は子どものような甘い声で鳴いた。 「…ふっ、ぅ…嫌だって、ば、」 「ん、ごめんな、…止まんねぇの」 恥ずかしさ故か目元から頬から真っ赤に染まっていく様を横目に見ながら、ついに耳に舌を差し入れたとき、さすがにマズイと感じたらしい?にギュウギュウ胸元を押された。 仕方なく、最後とばかりに瞼にひとつ口付けて体を起こせば、?はあたふたと座席を戻してシートベルトを握り締める。 ――顔が赤いままでそんな目したって恐くないけど。 「?ちゃん」 そう言えば。 「…何」 「高校のときの制服ってまだとってある?」 あるけど、と答えた?は、俺のニヤケ顔に嫌な何かを感じたらしく、ダッシュボードの上にあったティッシュの箱でぼかんと一発俺の頭を殴ってそっぽを向いてしまった。 ?にどうやってあの灰色チェックのプリーツスカートを穿いてもらおうか、そればっかり考えてる辺り、俺の頭、今のでバカになったのかも。 ▼ だばあっ! ずびばぜん遅くなりまして本当に申し訳なくぁwせrftgyふじこlp noteにて言い訳らしきことを書かせていただきましたが…こちら書き直しバージョンです(笑) ご察しの通り、大学の入学手続きの光景を見ていて、頭が沸いて生まれたお話でした。 当初はリーマン檜佐木のリーマン感ゼロだったものが、書き直したらリーマン感2くらいにはなったかと← ちなみに檜佐木(26)×?ちゃん(20)くらいな年の差です。 海崎はこのくらいの年の差と耳攻め妄想でご飯が3杯食べられることが分かりました。 みなみさん、お待たせしてごめんなさい。 素敵なおかず…じゃなかった、ネタをありがとうございました! ネクタイ&スーツでがっつりエロいリーマン檜佐木も書いてみたい(´∀`) |