「えこひいきという言葉ご存じですか、隊長」 うららかな、と言うには少し蒸し暑い初夏の日の午後。 当然のように襲ってくる眠気と戦いつつ、ようやく整理を終えた書類たち。 お手洗いにと席を外して戻ってきてみれば、綺麗に束ねたその上に、ちょこんと乗っていた老舗の菓子屋の包み。 私は思わずため息を吐いた。 「そう言わずに、受け取って欲しい」 自隊の隊長であり、瀞霊廷一食えない男――と私はこっそり思っている――藍染惣右介。 その食えない笑顔と、囁くような諭すような優しい声音で何故だか私に付きまとう。 もう長いこと五番隊にいる私はよく知っていますとも。 たかだか一介の隊士である私が、書類だお茶だと理由をつけては日に何度も隊主室に呼ばれる。 他隊の隊長には面倒がる人も多い霊術院の視察やら特別授業の付き添いに、毎度のごとく私を選ぶ。 挙げ句、男性隊士の前でこれ見よがしに名前を呼んでみせる。 ――そのせいでどんな噂が立っているか、なんて。 「いい加減になさってください。隊長がこれでは下に示しがつきません」 「業務が滞っている訳でもないだろう。大丈夫だよ」 にっこりと音がしそうな笑顔を向けられてなんとなく口をつぐんだら、了と取ったのか可愛らしい包みを手に握らされて、もう何を言ってもダメだと理解した。 「…ありがとう、ございます」 「どういたしまして」 そりゃまあ、一介の隊士と言っても私は一応三席だし、付きまとわれ、噂に立派な尾びれがくっ付いた末に先日「僕の恋人として側にいてくれ」とか何とか言われた気がするし、それ以降この人は以前にも増して常時ニコニコと上機嫌で隊士たちも何だか過ごしやすそうでは、ある。 癪だ。 「食べないのかい」 「帰ってからにします」 淡いたまご色に桜の花びらが散った包みは、悔しいけどとても可愛い。 家に帰ったら綺麗にたたんで、ひきだしに仕舞って―― 「そっちのはもう一段落ついたんだろう?休憩にしよう」 「…」 「ね」 ――おくのを見られたくないから、ここでは開けたくないのに。 「この店の、好きだろう?」 「…」 だんまりを決め込む私に構うことなく、自らお茶の用意を始めた上司に、私はまだ言いたいことも言うべきことも何一つ伝えられていない。 つまるところ、私はどうにか否定したいのだ。 えこひいきの末に、流されてほだされてお付き合いしてるんじゃない、って。 「おいで、?」 この人はきっとそう思ってるから。 「…美味し、」 「良かった。よく知らない店だったから探すの大変だったよ」 相変わらずにこにこと微笑む隊長と、無言で砂糖菓子を頬張る私。 心の中がどんなに複雑でも、美味しいものは美味しいんだ。 しかもこれ、新商品の、前から気になってたやつだし――こういうところが抜け目ないと言うかセンスあると言うか。 「?はいつも幸せそうに食べてくれるから、贈りがいがあるよ」 私がひたすら菓子に手を伸ばしているその間、隊長がずっと私を見つめてたのには気付いていた。 気付いていたからこそ、恥ずかしくて居たたまれなくて顔が上げられない。 こんな風に、いつもただ与えられてばかりで。 このままじゃ駄目だ。 「…隊長は、何がお好きなんですか」 ――と焦燥感にかられた結果、我ながら実にどうでもいい質問を選んでしまった。 「食べ物のことかな?」 「…えっと、あの、何でも良いんですけど…欲しいもの?とか」 案の定、目の前の人はおかしそうにクスクス笑っている。 恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。 「そうだね、欲しいものなら」 そう穏やかに言うと同時に、目の前にいたはずの隊長はするりと私の真横に腰掛けて、――ちょっと待って、 「ある」 そのまま流れるように体を寄せたかと思えば、長い腕がさらに私の肩をぴったりと引き寄せた。 決して強い力じゃない。だけど逆らえる気がしない。 「?…」 「僕が欲しいのは、ずっと?だけだよ」 肩を包んでいた隊長の大きな掌が、掠めるように腕を撫でていく。 あまりにも真っ直ぐな言葉と手。 恥ずかしさと緊張とで、私は身動き一つできない。 「たいちょ、っ…」 ――そしてどうやら、私のこの一言がいけなかったらしい。 「…君はいつになったら僕を認めてくれるのかな」 耳元で静かに囁かれた言葉の意味を考える間もなく、ぐいっと抱き上げられた私は、一瞬で隊長の膝の上。 首筋にかかる吐息に肌が粟立つ。 「…隊長」 「ほら。またそうやって可愛くないことを言う」 そんなことを言われて、私のものじゃない体温を背中全体で感じて、私の羞恥心は早くも限界だった。 腕は隊長に抱き込まれていて動かせないから、足を突っ張ろうと力を込める。 それも、お見通しと言わんばかりの隊長の足に絡めとられて無駄だったけど。 「可愛い恋人に、そんな風に他人行儀に呼ばれたら傷付くな…」 「…」 そう言われれば、さっきからこの人は私が隊長と呼ぶ度にじっと探るような目でこっちを見ていた。 「どう呼ぶんだった??」 そこまで聞いて、ようやく隊長が言わんとしていたことに気付いた私は、もしかしなくても鈍感すぎる。 お付き合いを始めたときに言われたじゃないか。 「惣、ちゃん…」 確かめるべく、小さい声で呼んでみる。 それは以前、休憩中に寝こけていた私が夢うつつにぽわぽわしながら口にしてしまった呼び方。 机に突っ伏したままの私に、あろうことか隊首羽織をかけてくれようとしていたこの人に、うっかり聞かれてしまった呼び方だった。 戸惑いながらもそれを口にすると、隊長は私の後ろでくすりと微笑んだ。 でもそこで、ドキドキしながら反応を待つ私の視界にいつもかけている眼鏡を持った隊長の手が。 すう、と持ち上げられた眼鏡は、私の目の前で、かちゃんと床に落とされた。 「――いい子だ」 脳に直接響くんじゃないかというくらい近くで囁く、甘い低音。 それにふるりと体を震わせてしまったとき、持つ物のなくなった手が、私の首に添えられた。 顎を支えるように首にかかる長い指。 緊張して身を硬くした私を気遣うかのように、その手にゆっくりじんわりと力が込められていき、されるがままに顔をうつ向ける形になった。 「たいちょ…あの、」 「?」 「う…」 さっきの今で、語気を強めて名前を呼ばれては鈍い私でもさすがにこの人の言わんとすることは分かる。 分かるけど、恥ずかしいんだってば。 寝ぼけてたとは言え、強制されたわけでもなく自分で呼んでしまった、恋人のような――実際そうなんだけど――何だか甘い呼び方を、よりにもよってこの恥ずかしい態勢でそう何度も口にできるもんか。 と、まさか言えるわけはないので黙っていたら、首の後ろに生温かい感触がした。 「うう…っ、ぅえ?」 「?」 「…あっ、ま、待って、っ!」 ――舐められてる、首。 気付いて、でも私が暴れだすのより早く、顎を掴んでるのとは逆の手で両腕ごと抱き込まれ身動きがとれなくなる。 隊長が、私のうなじに口付けたままニヤリと笑うのがわかった。 「?はどこもかしこも綺麗だ」 「…いや、惣ちゃん、やめっ」 「やめないよ」 大きく舐め上げたかと思えば、何度も小さく吸い付いて。 その度に肩を震わせる私を、隊長は何とも楽しそうに笑う。 「?」 「…っ」 「ちゃんと感じて」 うなじから伝うように耳へと寄せられた唇が、囁く。 もう体に力が入らない。 隊長はひとしきり私の首を舐め回して満足したのか、今はうなじにぴったりと頬をつけてただ静かに私を抱き締めている。 今日みたいに、私が少しでも遠慮を見せると、隊長はとことん私を甘やかす。全身で好きだと教えてくれる。 私が気後れしないように。余計な不安を抱かずに済むように。 「惣右介さん」 可愛くなくて、ごめんね。 「ふふ…“惣ちゃん”はやめたのかい?」 「恥ずかしいから。あの、」 「ん?」 「…う」 「何でも言ってごらん」 私、お休みいただきたいです。今週末。惣右介さんも、非番でしょう? 一緒にいたいんだという、これが私の精一杯の甘え。 眼鏡に遮られていない隊長の綺麗な目が一瞬大きく見開かれ、次にはじんわりと滲み出すような笑顔になる。 本当は見えてないけど、ちゃんと分かります。 私は、私だって、あなたと同じくらいあなたしか見ていないんだから。 ▼まりさん発案のうなじチュッチュッ惣ちゃん呼び藍染様、いかがでしたか(´∀`) 「眼鏡外したら鬼畜スイッチオン」という設定にしようという話になり、甘々鬼畜眼鏡藍染様×泣き虫弱気ツンヒロインちゃん、のつもりで書いたのです、が。 あるぇーただのバカップrごにょごにょ と言う結果になってしまった気がしてならない。 この藍染様はヒロインちゃんが好きすぎて、何か大きな衝動のようなものをヒロインちゃんに対して抱いている…というイメージで書いたので、そういう意味ではまあ、甘々でも鬼畜でもヤンデレでも、どう捉えていただいても良いかなと思います。 いやしかしチュッチュッさせまくって非常に楽しかったです(´∀`) チュッチュッシーンは、吸血鬼×人間姫的な、ありがち態勢というか画を思い浮かべて一人でハスハスしてました。 まりさん、お待たせしてしまってごめんなさい。 素敵なアイディアをありがとうございました(´∀`) |