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まなざしの記憶 続編




 おはよう、声を掛けようと開いた口を、苦笑しただけで再び閉じる。



 口元にかかる長い髪を手ではらって鬱陶しそうに眉を寄せたから、てっきりそのまま目を覚ますんじゃないかと思った。何回か顔の上を行き来したその細い指は、最後に隣にいる俺を探すように伸びて、寝間着の襟を握って落ち着いた。

 頬が緩む。

 だってこれ、無意識に俺に甘えてるんだろ。嬉しくないわけがない。



 友達をやめて、三ヶ月。



 もともと近い距離にいた俺たちは、その分恋人らしくなるまでに時間がかかった。

 何が変わったかと聞かれてもはっきりとは答えられない。ただ俺は前よりずっと?が好きで、?もそう思ってくれてると信じられるくらいには、側にいる時間は格段に増えた。側にいて、こうして――触れることも。
 髪を撫でる俺の手に気付いたのか、それとも夢でも見ているのか、?の唇が気持ち良さそうに弧を描いた。



 早く声が聞きたい。だけどもう少し寝顔を眺めていたい。





 真っ暗闇から浮上した意識に、誰かが触れてくる。
 髪をとく手が気持ち良くて擦り寄ったら吐息混じりのかすかな笑い声が聴こえた気がした。



「…、っ」
「起きたの」



 目の前には、気の抜けた修兵の顔。

 曖昧に笑うその顔を見上げて、ぱちりと目が合った瞬間に昨日のことが頭に流れ込んで来て、来て、…――え、





「あっち向いてて…っ!」
「くくっ…ハイハイ」





 そうでした――いやいや、そうはならなかったけど、多分。



 付き合いだしてから初めて非番が一緒になったのが昨日。
 調子に乗った修兵がそれなら次の日も休みにしろ、と言い出して、いくら何でも駄目だと釘を刺したのに、私じゃなくて副隊長に直接掛け合ったという驚きの事実とともに、結局二人して二日も非番になったことを知らされたのも昨日。

 それで、初めて修兵の部屋に泊まった。夜中に縁側へ並んでお酒を飲んで、緊張してたせいか早々に酔ってしまった…と思う。それから、





 ――覚えてない、私。





「?ー」



 背中から声がかかって、修兵がこっちを向いてるのが分かったけど。
 私はどうにか昨日の記憶を掘り起こそうと必死だった。





 結論から言うと、何もなかった。



 いや、風呂に入れてやったり、やたら引っ付いてくる?に色々ちょっかいかけてみたりくらいはした。
 だがそれだって足元が覚束ないのを風呂場まで連れてってやって、服脱がすのを少しだけ手伝ったとか、膝に乗っけて撫で回したとか、



「それくらい」
「も、ほんと最悪…」



 耳まで真っ赤に染めて縮こまる?を後ろから抱き締めて、耳の後ろに口を付ける。首筋に鼻先を擦り付けるようにしながら息を吐けば、剥き出しになってた白い肩が面白いほど跳ねた。


「修兵」
「ん?」
「あの、これ、この…浴衣」


 ものすごい早業で襟を引き上げて肩を守った?に苦笑していたら、着た覚えのないだろうそれにようやく気付いたらしく、眉の寄った顔がこっちを振り向いた。

 目を泳がせて聞こうか聞くまいか葛藤してる?が可愛くて、からかってやるつもりで俺は真顔でそれを促す。


「俺のだけど」
「あ、うん、ありがとう」

 ヤバい、にやける。


 口の中でごにょごにょ言ってる?の顎をすくって、わざと視線を重ねると、?の動きがピタリと止まった。


「…」
「…」


 無言で見つめあうこと数秒。





「は、ムリ、降参。俺が悪かった」





 目を見開いて泣きそうになってるコイツに敵うわけなかった。俺バカ。


「…どういうこと、修兵、」
「ちょっと黙ってろ」


 一度?の頭を抱き寄せてから、ガバッと布団を捲って一瞬だけ?の体に目を遣る――ちゃんと着てるな、良かった。

 ほっとする俺とは逆に、大パニックになりながら慌てて布団を引ったくる?。


「見てねぇし、なんもしねぇから落ち着け」
「だって!な、何か無理ッ!」
「腰紐替えるだけだ、っての!」
「っ、…え?」





 つまり、こうです。



 昨晩見事に酔っ払った私をとりあえずお風呂に押し込んだ修兵は、やっぱり心配で脱衣場で様子を伺っていた。
 たまに声をかけてくれてたらしいが暫くすると私が反応しなくなった。慌てて飛び込めば、お湯に浸かりながら私は寝こけてた。一瞬で目を逸らしたので大丈夫。

 うつらうつらする私に替えの浴衣を持たせて、適当で良いからとりあえず着ろと言い付けた修兵は、やっぱり心配で廊下で様子を伺っていた。
 暫くして出てきた私はちゃんと浴衣を着てたらしいが、間違ったものを身に付けていた。


 修兵の死覇装の腰紐。


 洗うつもりで脱衣場に置いてあったそれを、私が間違って着けていた。
 汚れてるわけじゃないけど嫌だろうと思い、脱衣場に落ちていた本物の浴衣の腰紐を着け直してやろうと腰に両手を回したところで、またもや私は寝た。仕方ないので腰紐はそのままに寝室に連れていって寝かせた。
 しかし私が修兵にしがみついたままぐずつくので、あやして寝かせるしかなかった。寝ている女をどうこうしようとは思わなかったので大丈夫。





「分かった?」
「すいません…」
「イイエ。じっとしてろよ」





 つまり、私は修兵に多大なるご迷惑をおかけした挙句、甲斐甲斐しく服を取り替えてくれようとした修兵を暴漢扱いしてしまったことになる。


「…ごめんなさい」
「良いって」


 せっかく、せっかく一緒の休みだったのに。


 酔って迷惑かけて、しかも世間はもう昼過ぎだ。休みはあと半日もない。
 申し訳なくて情けなくて、布団の中で着崩れた私の浴衣をゴソゴソ直してくれてる修兵の頭をきつく抱き締めた。



「ごめん修兵」
「?、嬉しいけど、胸見える」
「こんな胸で良ければ」
「お前、っ!…イヤ待て、それじゃ俺の苦労はどうなんの」
「あ、ごめん」
「いや良いけど。嬉しいけど」



 腕を緩めて修兵の顔を覗き込む。

 修兵は私の腰に腕を回したまま、起きたときのような気の抜けた顔で私の首筋に顔を埋めた。





 俺と同じ匂いがする。

 それが無性に嬉しくて、?の肩を布団に押し付けて覆い被さった。



「くすぐった、い…修兵」
「んー」



 俺の顔を押し止めようとする腕を捕らえ直してやったばかりの浴衣を引っ張り、着崩れた襟から覗く首元を唇でなぞる。
 目を閉じると、俺と同じ?の匂いが広がって俺の胸を満たした。


「?」
「修兵、顔緩みすぎ」


 少し顔を離して見下ろした?は、俺の寝間着を掴んで楽しそうに笑っていた。





 何かもう、それで幸せだ、俺は。





「いんだよ」
「良いんだ。副隊長さんでしょ、あした仕事」
「お前もだろ、つか、今日は酒飲むなよ」
「もう二度と飲みませんよ」
「そこまでしろとは言ってねぇ」





 首に唇を落としながら、笑いあってじゃれあって。


 そろそろ起きるかと腕を離したと同時に?に抱きつかれ、頬に感じたのが?の唇だと気付いた俺は





 お前なら運命にしてもいいと、抱き締める腕に想いを込めた。











首フェチほっぺちゅー好きの檜佐木副隊長でした(´∀`)
?ちゃんは10000打企画「まなざしの記憶」にも登場してくれた一番隊の席官さんです。
檜佐木と一番隊…この絶妙な距離(←心理的物理的に)が海崎も気に入ってたりします。同期ならではの対等な感じや、檜佐木が…あの檜佐木が、?ちゃんに対してはエロエロよりあくせくして世話を焼いちゃう感じも(´∀`)
つまるところ同期万歳。

栗原優さんに捧げます(照れる)
素敵な案をありがとうございました!










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