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 ──そのロクジューキュウって、どういう意味?




 そう聞けば檜佐木さん喜ぶぞ、ニヤニヤ愉しげな阿散井副隊長に言われたから、私は昼過ぎの執務室で仕事に取りかかろうと早くも机に向かう真面目な上官に、持ってきた書類の束をぎゅう、と両手で胸に抱えたまま、後ろ手に閉めた戸の前に直立不動のままで、心臓バクバク言わせながら「副隊長」と静かに声を掛ける。



「何だ?」



 …ああダメだ。胸の底に沈んで染み込んで柔らかく解していくような低音が、少しだけ顔を上げて私に向けてくれた視線が、本当は、本当はずっと好き。


 移隊を決めたのも、実を言えば檜佐木副隊長のそばにいたいが為だってこと、勝手に送別会を開いてくれた松本副隊長にはすっかりバレていたみたいで「聞いてあげるから飲みなさいよ」だなんて次々お酒を注がれるうちに送別会はただの酒盛りと化して、騒ぎを聞き付けた阿散井副隊長がまさかのご本人を連れて私たちの席に乱入してきた時はどうしようかと思った。

 顔が熱いのはお酒のせいだと自分に言い聞かせて、これからよろしくお願いしますと懸命に頭を下げたら、檜佐木副隊長はピタリと動きを止めた後に優しく笑って「そんなに固くなんなくて良いから。俺の方こそよろしくな、?三席」と右手を差し出した。
 遠慮がちに触れた大きなその手は私の手をしっかり握り締めてくれて、あったかくて優しくて、涙が出そうだった。




 それから早くも半年。


 私が檜佐木副隊長を好きだということはいつの間にやら阿散井副隊長にも知れてて、だからこそ「良いこと教えてやるよ」って耳打ちされたさっきのセリフを、私は今まさに言おうとしてる。



「…えっと、」
「うん」





「その、ほっぺたの数字、どういう意味なんですか…?」





 声を掛けたきり私がなかなか続きを言わないものだから、右手に持っていた筆を机に置いて両肘ついて指を組んで、完全に話を聞く態勢になった副隊長に、私はドキドキしながらどうにかこうにかその質問を投げ掛けた。



「…」
「あの、」



 なのに副隊長は何も言ってくれなくて、それどころか急に冷たく目を細めると置いてあった筆を再び手に取って書類に視線を移してしまった。



「副隊長、」


「?はその辺の女とは違うと思ったんだけどな」





「え、…?」
「知りてぇなら阿散井にでも聞け」





 それっきり。


 まるでこの話はこれで終いだと言わんばかりに副隊長はもう私に目もくれず墨に筆を浸している。




 ──びっくりして。

 悲しくてわけが分からなくて。




 どうしてそんなこと言うんですか、何か悪いこと聞いてしまいましたか、でも…だって、阿散井副隊長が教えてくれたのに、喜んでくれるって、なのにどうして突然冷たくしたの、私には教えられないことなんですか、それならそうと言ってください、──ねぇ



 嫌われたくないのに。




「…?、」




 言いたいことが全部、頭の中で破裂してじわじわ脳から染み出して目から溢れて止まらない、止められない。


 好きでもうどうしようもなくて、伝わらなくて伝えられなくて苦しくて悲しくて、人前で泣くなんてこと記憶にもないくらい昔からなかったのに、驚いてほんの少し眉を寄せた副隊長に見られてるっていうのに、いとも簡単に頬を流れた雫は顎を伝う。

 これは、全部、私の想い。





「?」
「ごめんなさい、っ…でも」





「すき、です」





 どうせ溢れた想いなら、真っ直ぐあなたに向けて。





エピローグ
昨日の私にさよなら






 副隊長が驚いてこわばった顔のまますごい勢いで立ち上がって、乱暴に置かれた筆から垂れた墨が書類に黒々といらない染みをつくる光景に一瞬気を取られていた私を、あの日の握手みたいにきつく優しく抱き締めて「教えてやる、本当の意味」って耳元でくすぐったいほど柔らかく囁かれてゾワリと鳥肌を立てたら、嬉しそうに喉で笑って最後にもう一つ唇に吹き込まれた。





 ──お前だけな。



 





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