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 天気の良い九月も半ばのある日。





 ──お迎えが、やって来た。





「…よォ」
「げっ」



「よくも騙してくれたな…ッ」





 説明しよう。


 革張りのソファに適当に寝っ転がって、頭なんてもはやソファからはみ出しちゃってる首つりそうな格好でフリーズしてるのは、私。


 それを、腕組み仁王立ち極寒の視線の三拍子で見下ろすのは、半年ぶりのグリムジョー。




 絶体絶命です。




女神の真実





「テメェどんだけ探したと思ってんだ…?」
「…スミマセン」
「見つからねぇハズだよな…死んでねぇんだからよォ」
「え…っと、生きてて、スミマセン」


 地獄の底から響くような低い声で近付いてくるグリムジョーは、この近距離でもガン飛ばしまくりで恐ろしいことこの上ない。
 ていうか、今日のコレはもう喧嘩腰っていうか何て言うか完全にキレてるぞ!


 生命の危機すら感じながらソファからずるずる落ちて床に正座した私を、グリムジョーは相変わらずの三拍子で見下ろしてる。
 いや、恐いから上見られないんだけど、つむじ辺りにビシビシ刺さるように感じるこれは絶対、グリムジョーの視線。




「話せ」




 ドスの効いた声で一言そう言われ、何だか蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった気がした。



「…ハイ」



 ──もはやこれまで。








 手っ取り早く言うと、私はグリムジョーを騙したのです。


 それも、死ぬかもしれないだなんて質の悪い騙し方。





 半年前、私は確かにあの病院に入院していた。ただ、死の病でも何でもなくてちょっと病んでたってだけ。


 高校に上がる直前の、ちょうど同じ頃に父親を事故で亡くしてから、私はどうやら無理をしていたらしい。母親はあっちこっち飛び回るばっかりな仕事してて、半年前私がぶっ倒れたときも遥か海の彼方にいた。
 馬鹿だから分かんなかったけど、父親を亡くした精神的ななんたらかんたらとか受験のストレスがどうたらこうたらで、要するに私は精神的にキていたそうだ。


 そんなわけで私は大学入学前のウキウキな春休みの大半を、めったに帰らないくせに心配性で親馬鹿な母親の強い希望で、病院で生活することになって。



 そして、グリムジョーと出会った。



 退屈で死ぬ──と思っていた私の入院生活は、グリムジョーのおかげで結果的にものすごく楽しかった。ほんとに、今までで一番楽しかった。




 だけど、私はもう東京の大学に進学が決まっていた。




 退院して春休みが終わればこの町は出て行かなきゃいけない。最初から、会ったときから、もうお別れは決まってたのだ。


 グリムジョーには、そのことを話せなかった。


 大学なんていう人間社会のシステムは分かんないだろうし、それ以前に「そういうわけなのでサヨナラしましょう」ってそんな器用なこと、出来そうもなかった。

 そのくせ、私がいなくなったらグリムジョーは探して追っかけてきてくれるかもって、期待した。
 アランカルがどういうものかは知らないけど、ここから何百キロも離れた人なんてゴミみたいにわんさかいる窮屈なあの町でも、グリムジョーなら私を見つけ出してくれるような気がしたから。




 その通りになった。




「…と、言うわけです」



 仁王立ちしてるグリムジョーの骨張った素足に目を落としたままで。まとまらない私の話に、グリムジョーは一言も口を挟まなかった。

 グリムジョーにしてみたら最悪な気分だろう。
 死んだと思っていたこんなちっぽけな人間一人を半年間、必死に探して探して、ようやく見つかったら全部ウソで、のんきに生きてるんだから。


 だけど話し終わってもやっぱり何も言ってくれなくて、不安になった私が顔をあげようとした瞬間。




「…それだけかよ」




 ──冷たい声が落ちた。




「満足か?上手いこと騙せて」




 空気が重い。首の後ろにのし掛かってくるような圧力を感じて、顔を上げることは叶わなかった。


 ──やだ。どうしよう。なんで。


 グリムジョーは怒ってる。でも、許してもらえると思ってた。

 好きだ、って会ったばかりなのに恐いくらい真剣な目で言われて、思わず泣いてしまった私を遠慮がちに抱き締めてくれたグリムジョーなら。

 こんな嘘、笑って「会いたかった」の一言で仲直りできるって、私はどこかで思ってた。




「ごめんなさい…」




 視界にあったグリムジョーの爪先があっちを向いて一歩二歩離れていく。

 このまま帰っちゃうんじゃないか。

 グリムジョーはそれくらい躊躇なく私の横をすり抜けて、ベランダに出て行ってしまった。



「グリムジョー…っ」



 こんな風にしたかったんじゃないのに。



「待って、」



 こんな風に、別れてしまったら。

 今度はもう二度と、グリムジョーは私を探してくれない気がして。ぬるい夜風に当たってるのに冷たいままのその腕を、引き留めたくて全身で抱き締めた。


 何だか、私はグリムジョーの後ろ姿にすがってばかりだ。






「…で?」






「え、」

「ほかに言うことねぇのかよ」




 意味が分からずまたもやフリーズした私を。


 グリムジョーは肩越しに見下ろして楽しそうにニヤニヤ笑っていた。




「え、だ…って、ええっ?」


 グリムジョーが満足げに笑う意味とか、さっきまでの後悔と悲しさと焦りをどこへやったら良いのかとか、分からなくて。

 もう軽くパニックだ。




「今、帰ろうとしてたんじゃ…」
「ねぇよ」



 バッサリ言い切ってくれちゃったグリムジョー。



「…怒ってたんじゃないの?」
「怒ってたに決まってんだろうが」
「何それ…びっくりさせないでよ、もう」



 置いていかれるかと思った。許してくれる気はないんだと思った。
 それがどれだけ辛いか、想像したくもなかったけど──自業自得だ。

 ため息さえ震えて、すがり付いたまま手を外せずにいる私に、グリムジョーはムカつくくらいのニヤニヤ顔で。




「こっちはテメェの嘘に半年も振り回されたんだ。これくらい笑って許せるよなあ?」




 絶句した私の、いつの間にか泣きそうに震えてた瞼にひとつ、優しいキスをくれた。


 ──けど。




「ひどいよ!」


 騙したことは悪かったと思う。それは本当にゴメンナサイ。でもでも、だからって、


「仕返しすることないじゃん!鬼だ!」


 鬼と言われてキレたらしいグリムジョーは、眉間にしわを集結させながら私のおでこをボールみたいにがしっと掴んだ。

 痛くはない。けど、屈辱。やっぱり鬼だ。



「何がだよテメェに比べりゃ可愛いもんだろうが!」
「…でも!嫌われたかと思ったんだよっ?」
「はッ、俺ァお前が死ぬかと思ったんだぜ?!比べんな馬鹿が!」
「そんなの、だって、死ぬより嫌でしょうが!」
「…」
「私はっ、そりゃ嘘は吐いたけど…グリムジョーのこと、ちゃんとずっと好きだったのに!」



 言ってやったぞ。思い知ったかグリムジョー!

 口を引き結んでちょっとだけ睨んでみる。グリムジョーは眉間しわだらけのまま目を見開いて、そして何故か大きく息を吐いた。




「どさくさに紛れて可愛いこと言ってんなよ…」




 勘弁してくれと言いたげな声でそう呟いたグリムジョーは、おでこを掴んでた手を後ろへまわして頭ごと私を引き寄せた。


「何、ちょっ…グリムジョー」
「黙ってろ」



 抱き締められるのなんて久しぶりだった。



 そのせいか心臓はバクバク言ってるし、背中を撫でるグリムジョーの手が燃えるように熱く感じる。



「…グリムジョー、」
「黙ってろって」



 恥ずかしくなってきて身じろぎしたら、両腕でしっかりと抱き直されてしまった。

 おまけに私の肩にもたれているグリムジョーの顔が、擦り寄るみたいにして首に鼻先を押し付けてきて、いよいよ恥ずかしさとくすぐったさで涙が出てきた。



「泣いてんのか」



 なんとなく、涙に気付いたら何かしそうな予感がして懸命に顔を逸らすのに、グリムジョーはあっさり私の顎を捕まえて。


「目ェ赤くなってんぞ」


 ひどく優しい眼差しに見つめられて何も言えない私の瞼を、ザラリと舐めた。



「甘いな」
「なわけないでしょっ…塩だよ塩」
「…知らねぇ。甘いんだよ」



 そう言うと、逃げないように私の両手を捕らえて頬やら唇やら、好き放題舐め始めた。
 恥ずかしすぎて突き飛ばしてやりたかったけど、耳元で幸せそうに息を洩らすのが聴こえて、私はようやく観念してやった。



「…っん、グリムジョー、」
「んだよ」



「腕治ったんだね」


「…ああ」



 興味無さそうな返事。でも私は、良かったねって心の中で言っておいた。




「?」




 グリムジョーの一番優しい声が私を呼ぶ。



「…知ってる。私も」





 ──大好き。





嘘でも本当でも
あなたは側にいてくれるでしょう?






 





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