えい!って、 真っ白い地べたに裸足で立ち上がって目を閉じたまま思いきり上を向く。 そうしてちょっとずつ瞼を持ち上げるとそこは、眩しい光と醒めるようなブルーの空。 女神の嘘 日課は三つある。 一つめはカプセルを分解すること。 分解して中身は窓の外にザラーッて捨てちゃって、残った外側をどうにかこうにか潰して飲む。あんなでっかいの飲み込めなんて拷問でしょ? 二つめはツルを折ること。 斜向かいのお姉さん(オバサンにしか見えないんだけど、そう呼ぶと怒るから)がくれる英字新聞で毎日好きなだけ折る。 私は小さいのが好きだから、新聞の隅のほうからちょっとずつ正方形に切り取ってちんまりやってるんだけど、みんながどんどん持ってっちゃうもんだから新聞は溜まった試しがない。 昨日は隣の子がバスケットボールくらいでっかいの折ってた。あれは多分三、四枚はパクられてるな。 そして、三つめは。 「?」 この、浅葱色の不思議な人に会いに行くこと。 「早いね今日。カイギは?」 「…知るかンなもん」 小さい頃から結構なモノが色々と見えちゃう体質だったから、肩から血流しながら屋上の空に堂々と(いや、偉そうにか)浮いてるグリムジョーを初めて見たときも、私は全然怖がってなかったらしい。 むしろ「ご愁傷様でした」みたいな顔してて腹が立った、そう言ってた。 「だってケンカでどうにかなっちゃったヤンキーかと思って」 「や、やん…き…?残念だったな、俺は死なねェんだよ!」 「へーぇ、ふーん」 「テメェ…!」 グリムジョーは人間じゃないから死なないらしい。でもよくこの辺ウロウロしてる死神さんとか、変な生物──ホロー?だっけ──とは全然違うらしい。何か事情があるみたいだけど、なくてもグリムジョーは嫌うんだろうなって少し思った。 「いいなー私もグリムジョーのお城に住みたい」 「城じゃねぇって、何度も言わせんなバカかテメェ」 「いーいなー!」 「ッのヤロ…似たようなもんだ、ここと」 「そうなの?」 グリムジョーのお城は、本当はグリムジョーのじゃなくてアイゼンって人のお城なんだって。格好良い感じの名前が付いてたけど、覚えようと思わなかったから忘れた。 お城にはアイゼンさんの部下が二人と、グリムジョーみたいなのがあと何人かいるらしい。 グリムジョーは多分、その人たちを人間より死神よりホローより、憎んでる。 赤の他人だ、みたいな言い方してたけど、きっと家族なんだろうと思う。そういう依存の仕方が、私はなんとなく分かる気がした。 「お前、」 「んー?」 そんなことを思い出しながら今日はよく喋るなぁこの人、とかぼーっと考えてたら、グリムジョーは突然私の前にドサッとしゃがみこんだ。 あ、ヤンキー座りだ…! 「…どっか悪ィのか」 それは何だか突然すぎるぞグリムジョー。 「なんで?」 「とぼける気かよ…病院だろ、ここ」 ──なんだ 「知ってたの、」 「…」 ヤンキーのくせに、眉間にしわ寄せまくってるのに、そんな辛そうな顔しないで欲しい。 私はただ、ここで残された時間をあんたとの馬鹿みたいなおしゃべりに使いたかっただけ。この世界に興味無さそうなあんたの前でなら、きっと私も能天気に笑えるような気がしたから。 ──その通りだったよ。 「別にどこも悪くないよ」 「じゃあ何でこんなとこいんだよ、」 「良くもならないから」 あんな砂みたいな薬で良くなってたまるか、って言うのもあるけど。 そう言って笑った私の顔は自分で思ってるより酷かったらしい、グリムジョーはますます眉間を険しくした。 「死ぬのか」 静かにそう聞かれて、私は困った。 自分は死なないらしいグリムジョーは、何でそんなこと知りたがるんだろう。もしや死んだ私の肉を食べるとか…うわーあり得る、右頬に化石みたいな牙ついてるし! 「死…なないかな」 「…」 「うん、死なないな!」 「ンだそりゃ、」 結構悲惨な話をしてるはずなのにあまりにも私がケロッとしてるもんだから、グリムジョーも色々気にするのを止めたらしい。綺麗な色の髪を、片手でガシガシかき混ぜながら私を鼻で笑った。 「ねぇ、」 「あンだよ」 「私グリムジョーみたいになりたい」 「アランカルってさ、どうやったらなれるの?」 同じだったら、グリムジョーと一緒に居られるのかなぁって。 本当に突然そう思ってポロッと言ってみただけだったのに、グリムジョーは血相を変えて、一瞬汚いモノを見るような、哀れんでるような、腹の底から憎むような、そういうのがごちゃ混ぜになった目で私を見た。 ──恐い、と。グリムジョーを恐いと、はじめて思った。 「…ダメだ」 私の顔に浮かんだ怯えに気付いたのか、グリムジョーは短くそれだけ言うとクルリと私に背を向けて立ち上がった。 「たとえ、なれたとしても」 「お前はダメだ」 何の感情も混じらない、抑揚のないその声も、離れていくグリムジョーの背中にまるで見放されたような錯覚を感じていた私には、何かを必死に耐えているみたいに聴こえて。 ぽっかり空いた穴が、寂しい、と泣いているように見えて。 「こんなモンになるな、」 ──お前は。 ただ離れてほしくなくて、すがるようにその背にぴったり張り付いたら、視界がグラリと揺れた。 「ちゃんと側に居てやるから、」 息、が 「お前は生きろ」 ──出来ない。 締め付けられるように痛むのが、きつく抱き込まれた身体なのか、泣き出しそうな心なのか。 ねぇ、まだ、私はここにいたい。 「?…」 腕を引っ張り出して、負けじとその首にぶら下がってやったら、グリムジョーは一瞬ガッチリ固まった後嬉しそうに喉を鳴らして笑った。 「お前、やっぱスゲェな」 「何が?」 「ソコ…?が触ってると全然痛くねぇ」 「やっぱ痛かったんだ」 「…ルセェ」 「気持ちい?」 「ああ」 グリムジョーの、失くなった左腕。 初めて会ったときはもっとずっと酷かった。 何か中に浮かんでるしヤバそうな人だけど怪我人みな平等!と思い切って空中から引きずり降ろして看護師さん呼ぼうとしたら殴られた、っていう、それはそれは最悪な出会い方だったけど。 私が傷口を撫でてあげると痛みとか疼きが軽くなるみたいで、面白がって子守唄とかうたいながらこうして撫でてたな──毎日毎日。 「グリムジョー」 力任せに抱き締められ浮き上がるかかと。 「私のこと見つけてね」 「ああ…でも」 「あんま迷子になるなよ」 私は嘘をついたけど あなたは本当を生きてね |