浮竹に言わせれば、良い年した僕とまだ若い彼女とがこうして並んでいると父娘にしか見えないらしい。 割りと奔放なアイツがそう言うくらいだから、もしかしたら本当にそう見えるのかもしれないが当の僕は、むしろその方が有り難いとさえ思う。 若僧のするような色恋沙汰を望む歳でもないし、僕はこうして、のんびりするほうが実は性に合っているのかもしれない。 遊びなら幾らでも。忙しない愛など要らない。 「隊長、顔がだらしないです」 「やだなぁ?ちゃん。春水で良いよって言ってるのに」 頭を撫でてあげようと伸ばした手を容赦なく叩き落とされる。 こうしてツンツンしてても本当は嬉しいくせに、この娘はどうしてこうも可愛らしいんだろう。やっぱり九番隊の彼にあげるには惜しかったかなぁ。 「隊長」 「何だい?」 「お湯沸いてます」 「放っときゃ良いよ、誰か下のにやらせるから」 ?ちゃんの煎れたお茶が飲みたいって我が侭言ったのは僕。 だけど、いざ彼女を抱き締めてみたら離したくなくなってしまった。柔らかいしイイ匂いするしもう可愛くて仕方ない。 でも、彼女を給湯室に立たせることができるのなんて僕と浮竹くらいなものだから良い自慢話になったんだけどなぁ、特に檜佐木くん辺りには。 ――あーあ、次にこうして?ちゃんを独り占めできるのは何時になるんだろう。 そう考えたら、一分一秒でも長く、触れていたくなるに決まってるじゃない。 ?ちゃんは、更木隊長のトコの秘蔵っ子で檜佐木くんの恋人。 そのくせ周りの男共だって黙っちゃいられないほどの美人さんだから、彼女が来てからというもの瀞霊廷は大波乱だった。 初めて?ちゃんに会ったのは、?ちゃんが席次をいくつもすっ飛ばして七席になった、あの試験のとき。 それ以前から隊主会で話題に登るくらいの注目株だったし、ずーっと隊長を務めてきた身としてもなかなかに興味をそそられたから、浮竹と僕とで、十一番隊の昇進試験に勝手に乗り込んだ。 そこで初めて、流魂街の最下層を生き抜いた彼女を――刀を握る彼女を見た。 女のコを恐いと思ったのは、後にも先にもこれが初めてだった。 以来何かと理由をつけて構いに行ったりして、?ちゃんも僕を慕ってくれるようになって。 そして、今日は大晦日だってのになぜだか僕の所にいてくれるらしい。 「ホントに檜佐木くんのとこ行かなくて良いの?」 「明日、行く約束してるから」 「ふうん…じゃ、年越しはボクとしようね〜」 「はい」 隊舎内だけど。 でも二人っきりだし、部屋の外には人の気もあるから?ちゃんが怖がったり寂しがったりすることもないし。 何より?ちゃんをよくウチに呼ぶからって、七緒ちゃんが――あの七緒ちゃんが、僕の部屋に炬燵を入れるのを許してくれた。 熱燗と蜜柑を乗っけた炬燵に入って少しだけ障子を開けて、雪のちらつく中庭を眺めるなんてオツじゃないの。 「寒くないかい?」 「はい。隊長こそ、」 「平気平気、?ちゃん抱っこしてるからあったかいよ〜」 言いながらギュウギュウ抱き締めてみたら、炬燵布団被ってふわふわの?ちゃんのほっぺたがじんわり桃色になる。 …――ああもうほんと、どうしてこんなに可愛いのかなぁこのコは。 ところ構わずキスしちゃいたいのを我慢して頭を撫でて、未だ手をつけていなかった蜜柑に手を伸ばした。 ?ちゃんの手にもひとつ落とすと、何だか困ったみたいにその小さな橙を見つめたまんま動かない。美味しそうなのを選んだんだけど。 「あれ、蜜柑嫌いだった?」 「違います、昼間に切っちゃって」 「――切った?…ああ、こりゃ痛そうだねえ」 年末はどの隊も書類に追われる。 十一番隊の面々はあんまり事務仕事が得意じゃなさそうだし、?ちゃんは余計に忙しかったのかも。 そう思うと、切り傷つくってまで僕の所に来てくれたのがとてつもなく申し訳無くなる。 「ごめんよ、気が付かなかった」 「…隠してたんです」 ざっくり割れた右手の親指の腹。 これじゃあ蜜柑なんて触りたくもなくなる。 「剥いたら食べるかい?」 「…え?あ、っと、大丈夫ですから、あの」 「遠慮しなさんな。ホラ口開けて」 恥ずかしそうに背中を縮めた?ちゃんを後ろからすっぽり包んだまま、瑞々しい小さな実を、その唇に優しく押し付けてやる。 益々赤くなって視線を泳がせるのも可愛いけどね――?ちゃんが食べてくれなきゃ、何のための年越し準備だったのか分からなくなっちゃう。 「どう?」 「…美味しい」 「そりゃあ良かった」 そう言ってにっこり笑ってくれたのが嬉しくて、あっという間に蜜柑は無くなった。 その間にすっかり温くなっていた酒の代わりに、外にいた隊士を呼んで今度こそお茶を煎れさせて、のんびり思う。 日付が変わったら、十番隊の副官さんが毎年のように開催してる新年会という名の飲み会に引っ張り出されて、多分そのまま朝から山爺とお偉いさん方に挨拶してまわって、ウチの新年の儀も、サボったら七緒ちゃんに叱られるから出て――… 「全然のんびり出来なさそうだねえ」 それどころかいつも以上に忙しくなりそう気がする。 無意識に、?ちゃんとの残り時間を数えそうになってふと、気付いた。 「…あらら」 さっきから、腕に、胸にかかる柔らかな重み。 でも、流魂街出の?ちゃんがこうなっちゃうのは信頼してる証拠だって檜佐木くんから聞いたような気がする。 ――そう、確か、 『面倒かもしれないスけど、…寝かせてやってください』 会ったばかりの頃は一緒にいても全然寝てくれなくて、ホント苦労したんスよ――。 食事の席で、酒を飲まされうつらうつらしだした?ちゃんの背中をトントンあやしながら。 「…ボクだって、?ちゃんのためだったら結構頑張るんだけどなあ」 取り入る隙くらい与えてくれても良いものを。 「ま、一晩くらいは檜佐木くんの代わりになれるかな」 抱き上げた暖かい体を揺らさないように、肩に引っかけていたどてらで?ちゃんを包む。どうやら熟睡してるみたい。 爪先で襖を開け、さっきの子を呼んで床の用意をさせたらあとは、可愛い可愛いお姫様を見守るだけ。 「明日からまた、よろしくね」 |