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 他人がどう思ってるかなんて知らない。だけど、私は私のことを“普通”だと思っている。



 普通というのはつまり人並み、ってことだ。

 私は人並みに笑いも泣きもするし、無論怒ることだってある。
 暗い所は怖いし狭い所もできれば避けたい。ちなみに高い所は大好きだ。
 甘いものも辛いものもいけるけど、どういうわけか苦いのは駄目。生臭いのも駄目。



 これだけ聞けば私はきっとつまらないくらい本当に、普通の人。

 ただし世の中というのはよく出来ていて、“普通”に多少の足し引きが加わると随分と色々な人間ができるものなのだ。



 ちなみに“普通”から髪の毛を引くと私の上官、遠慮を引いて空気読めないを足すか掛けるかしまくると、私の恋人になる。



 ──あ、しまった、ただの陰口になっちゃった。



 何が言いたいのかというと。





 何にせよ彼らも私を、普通だと考えてくれてるらしい、ってこと。



 私が暗闇に溺れないで済んだのは、ただそのおかげだと思う。





「?!テメーサボってんじゃねぇぞゴルァ!」



 そういうわけで斑目三席殿は、隊舎の縁側──と勝手に決めた実際はただの廊下──で普通に寝っ転がっている私を、今日も普通に叩き起こした。

 でもこれは明らかに普通以下の扱いのように思えるので、面倒だけど抗議するために起きることにする。



「また頭叩いた!やめてよねハゲたらどうしてくれるの」
「テメェ…っ!」



 涼しそうな額に惜しみなく青筋を浮かべながら、斑目は私をひっぱたいたその手で今度は私を暖かい床へと押し戻し、私の頭を包むように撫で回した。

 叩かれるのは嫌だけど、斑目の手は優しいから好き。
 何度もかき回されてぐしゃぐしゃになった髪を、私が自分でするよりよっぽど丁寧に手でといてくれる。



 大きくてごつごつしてて、傷だってたくさんあるのに、こんなにも優しい手。

 斑目は多分、すごく器用だと思う。



「また寝れなかったのか」



 心配半分、あと呆れ半分ってところかな。

 何だか斑目らしくない声だけど、ここ最近よく聞くようになった。 ──あの、メノスが出た日。

 私の部下が二人、死んだ日。



 あの日から、なぜだか私はほとんど寝付けなくなった。



 家に帰って布団にもぐってみても眠れない。眠くならない。
 眠ることを忘れてしまったみたいに一睡もできない日もある。

 全然眠くならないから、最初私は自分があまり寝ていないということにすら気付かなかった。

 気付いたのは、肌が荒れてるよと弓親に指摘されたとき。
 それでもやっぱり、寝られるようにはならなかった。



 阿近や卯ノ花さんに相談して睡眠薬やら安定剤やらを試したこともあったけど、そのときは眠くなる前に気持ち悪くなって、思い出した。

 私、薬駄目なんだった。



 結局、不眠症も、何で不眠症になったのかも、まだ解決できないままなのだ。



 あんな恐ろしい思いをしたのだから“普通は”当然なのかもしれない。

 でも、私はここに来るまでずっと流魂街の端っこにいてそういうのなんて日常茶飯事だったわけで、今さら自分がそれに怯えてるとは思えなかった。





 斑目の優しい手付きに促されてるような気分になってた私は、ぼーっとしながら多分、そんなようなことを言ってしまったんだと思う。

「…」

 斑目の動きがぴたりと止まる。

 それでようやく、変なこと言ったかもと慌てだした私に、斑目がよこした返事はもっとおかしかった。





「良かったじゃねーか」





「斑目、人の話聞いてた?」
「…また殴られてぇのか」



 笑いながら拳骨を持ち上げるフリをしてみせるから、私も私で応戦する構えをとる。

 フリだけだと油断していたら、斑目は本当に私の額をごちんと殴った。



「…痛い、馬鹿」
「当たり前だ」



 下から見上げた斑目は、憮然とした表情で腕を組んでいる。ついでに足も組んであぐらをかいたものだから、偉そうを通り越して何だか腹が立つ。

 私はごろりと寝返りをうって斑目に背を向けてやった。

 すると呆れたようなため息が降ってきてますます不貞腐れて丸くなっていたら、斑目の手が私の肩を持ち上げて、次の瞬間、私の頭は斑目の膝の上だった。





「…どんなに些細でもな、痛ぇモンは痛ぇんだ」





 苦い顔、でも真剣な目で見つめてくる斑目に、思い出したのは孤独だった流魂街。



「痛ぇモンを痛ぇと思えるようになったんだ、良かったじゃねーか」



 ──ああなんだ、



「眠れねぇのも同じだろ」



 私は本当に“普通”になってたらしい。





「斑目、」
「あ?」

「眠いかもしれない」
「…そりゃ良かったな」





 寝ろ、いてやるから、と頭を撫でる斑目の膝は固くて、こんなのが枕じゃ寝られやしないと思ったのに。
 だんだん下がっていく瞼、閉じる思考、久しぶりのその感覚が何だか嬉しかった。



「斑目」
「何だよ」

「固い。痛い」
「…」



「斑目、」
「ったく…ホラ」



 斑目の膝枕には文句なんてなかったけど、そう言えばきっと斑目は優しくしてくれるって分かってたから、わざと不満を口にしてみる。

 案の定、斑目は私を横抱きにして膝の上に持ち上げると、そのまま器用に移動して廊下の柱にもたれるように座り直した。



「ふふっ…あったかーい」
「満足か?お姫サマ」



 腰に差していた木刀を適当に放り投げ両腕でしっかりと支え直してくれるから、私もちゃっかり斑目に寄り掛かってみる。
 斑目に呼ばれると、その呼び方も嫌ではないから不思議。



 本当に、不思議なくらい、私は斑目が大好きだ。



 ──絶対に言ってやらないけど。



 自分のひねくれ具合が何だかおかしくて、斑目の胸に隠れて笑った。

 そんな私を斑目がじっと見つめていただなんて、気付くわけもなく。



「お前、さ」



 相変わらず私の髪を撫でながら、斑目は何だか言いにくそうにそう切り出した。





「…こういうのは、檜佐木にやってもらえ」





 口の中だけでしゃべってるみたいにもごもごと話す、あまりにも斑目らしくないその様子に、私は思わず噴き出してしまった。



「何それ、気遣ってるの?」
「ちげぇよ、なんつーか…お前、あいつが好きだろ」



 ──ああ、今日の斑目は何か変。

 こんな風に、辛そうに私を見るなんて初めてだ。



「…だから斑目と一緒にいるのは駄目なの、」
「そういうんじゃねーって」



 斑目はもどかしそうに私の肩に額を押し付けると吐き出すように言った。





「いつか奪いたくなる」





 知ってんだろ、俺がお前好きなの、



 それっきり黙り込んでしまった斑目に何だか私まで苦しくなって、言うつもりのなかった言葉だけど、私は言った。



「私だって好きだよ。一番最初に好きになったの、斑目だよ。きっとずっと好き」



 すぐ側にあった耳に囁く。

 狡いと言われてしまえばそれまで、だけど。



 だけど、斑目は嬉しそうに笑ったんだ。私の肩にもたれたまま。



「…何か、分かったわ。お前の考えてること」



 意外な返事に驚いて、目を見開く私にまた笑って、斑目は私の首筋に唇を押し当てた。





「ここにいろよ、ずっと」





 その声があまりにも優しくて、柄にもなく泣きそうになりながら私は誓った。










(ずっとずっとずっとずっと)






 ここにいるよ、











八十地区出身で独りぼっちだった?ちゃんは、疑うところから人との関係が始まるのが当たり前だと思ってる。
その代わり一度信頼した人になら、裏切られても付いていきます。極端なんです。

そんな?ちゃんの言う「好き」は、もちろん男女の関係としての意味を含んでるけど、もっと強い、本能的なものがあると思うんです。


ていう無駄な設定を広めたいがために
「史上主義番外編で一角さん」というリクエストを頂いて思わず書いてしまったお話です。
一角さんは面構えがギャグなので敢えてシリアスを書きたくなるよね!ね!というお話でもあります…何だそれ

投票してくださった方、ありがとうございました!
1ヶ月もお待たせしてしまい、何ていうかもう自分の首を雑巾のように絞りたいです。



アザレア…愛の喜び





 





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