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 六つも年の離れた妹は、これまでずっと、俺の中で何よりも優先しなきゃならない存在だった。



 まだ小さかったあいつは、いつも金魚のフンみたいに俺の後についてまわった。



 学校が終われば一目散に自分の家──じゃなくて俺んちに帰ってきて、俺のお袋がつくったマフィンを頬張りながらその日何があったとか誰と何をしたとかを全部、嬉しそうに俺に話す。

 休みの日でも一度は俺に会えないと気がすまないらしく、夕時に押し掛けてくることもよくあった。



 誕生日も近かった。

 何だかんだ毎年二人で一つのケーキになってしまうことを、あいつは拗ねるどころか喜んでた気がする。



 そんなあいつ──?は、幼馴染みと呼ぶにはあまりにも小さかったから、俺はずっと妹だと思うことにしてたわけだ。



 だけどその妹も今年でもう十八らしい。

 小さい小さいと思っていた身体はいつの間にかすらりと伸びて、真っ白い頬からふくらみが消えた。
 おばさんに似て元々目はぱっちりしてたけど、高校に入って化粧を覚えてからはもう、下手に直視できないくらい綺麗になっていった気がする。



 もうガキの頃みたいに引っ付いてくることはなくなったし、俺が働きだしてからはたまに家の前で会って少し話すくらい。



 だけど。



 いや、だからこそ。





「変に意識しちまう、ってか?」

「…悪ィかよ」





 同期の一護と飲んでる最中。



 あの先輩の彼女がどうとか女子社員の誰が可愛いだとか話してて、その勢いで、?の話を──?をただの幼馴染みとして見られなくなってから、誰にもしたことのなかった話を、してしまった。



 そして予想通り、というか予想以上に、こいつは俺をとことん馬鹿にしはじめた。



「あー、苦しー…ほんっと、恋次お前それ傑作だわ」
「…るせェな、これ食っちまうぞ」



 ヒイヒイ言ってる一護の前にあった皿から、残ってた辛子明太子をつまんで口に放りこむ。



「てめ、ッ…マジで食いやがった!」
「ざまあみやがれ」



 伸びてきた手をかわして、見せつけるように咀嚼してやれば、一護は凶悪な顔でテーブルをどんと叩いた。
 こいつにとって辛子明太子がどれだけ大事か、高校の剣道部時代からずっと一緒だった俺はよく心得てる。



「やってくれんじゃねーか…ならこっちも容赦しねぇからな」



 そう言ってケータイを耳にあてた一護がニヤリと笑って、





「もしもし?ちゃん?」





 俺は返り討ちに遭った。



「ふざけんな!マジでテメ、ッ──…」
「喚くな?ちゃんに聞こえるぞ」
「…ッ」





 
「悪ィ悪ィ、恋次がうるさくてさ。ホント久しぶりだなー。元気か?」
「おい」
「…──え?マジで?」
「一護、」



「ちょ、待って、恋次に替わるわ」

「オイコラ待てって…!」





『…恋次?』





 久しぶりに聞く、?の声。

 弾みそうな声と鼓動を抑えるのに必死で、向かいの一護がなぜか真面目な表情になってたのにも、俺は気付かなかった。



「悪ィ、急に、電話しちまって」
『ううん。なんか久しぶりだね──…けほ、っ』

「…??風邪か?」
『ん、ちょっと』

「熱は」
『…ちょっと』
「何度」



『…八度、九分』



「バカ何がちょっとだよッ!おばさんは?」
『旅行、お父さんと、結婚記念日』
「…マジかよ」



 暑いのか苦しいのか絞り出すようにしゃべる?は、また咳き込んだ後、小さい声で言った。





『恋次、お願いがあるんだけど…』





 大きくなるにつれて、あんなに甘えただった?が、遠慮というものを覚えて。

 それを寂しいと感じた時点で俺は、気付くべきだったんだ。



『帰りにさ、何か飲み物、買ってきてくれない…?何でも良いんだけど、お茶とか、──恋次?』





 俺が、

 ほかの誰でもなくて俺だけが、





『…ごめんね、まだ仕事だよね、』





 この、年の離れた幼馴染みを、守って、側にいて、一番に愛してやりたいと思うことに。





「もうあがったから問題ねぇよ。今から行く」
『…でも』

「一人じゃ心細いだろうが。飲み物、とほかに何か欲しいもんあるか」
『え、…っとね、多分ない、大丈夫』
「了解。俺行くまでちゃんと寝てろよ」





 はい、と小さくもしっかりした返事を確認してすぐ電話を切った俺に、一護が鞄を渡してきた。



「会計してタクシー呼んどいた。行くぞ」



 二人分の鞄とケータイを持って、早くしろよと眉間に皺を寄せる悪友を、俺は少し見直した。





 二階の部屋は電気が消えていて、万が一の時のためにと、おばさんから渡されてる合鍵で静かに?の家に入る。

 そのまま忍び足で階段を上がって、一番奥の部屋のドアをそっと開けた。



 暗闇、それから、甘くて懐かしいような?の匂いがした。





「…れん、じ?」





 ごそ、と音がしたのは?のベッドがある方で、俺はほっと胸を撫で下ろしながらそろそろとベッドに近付いた。



「…ワリ、起こしたか」
「ううん起きてた」



 薄暗いなか、手探りで?の頭のあたりに指を伸ばしたら、じんわり熱い頬に届く。



「熱、まだ高いな」
「でもさっきより下がったよ」



 汗をかいて湿った前髪をどけて、手のひらで額を覆う。

 ガキの頃、?が俺の手の大きさにはしゃいでオモチャ代わりにされたのを思い出した。



「恋次」
「ん?」

「ありがと、来てくれて」

「…」



 まだ目は慣れなくて、?の顔も見えない。



 ただなんとなく、?は泣いている気がした。





「?」



 支えるようにして抱き締めて、少し力を込める。
 ?がもっと、俺の手とか声とか全部を覚えてくれるように。

 大好きだって伝わるように。





「これからも、こういうときは俺呼べよ」

「うん」

「俺以外に頼ったりとか、」

「…」

「甘えたりとかすんなよ」

「うん…ッ、」



 苦しそうにしゃくりあげる?の背中を叩いてやりながら、額に口付ける。



「?の特別は、俺だけ、な」
「ん、ッ…」





「俺もそうだから」










この気持ちに色はない





(あるのは君がくれる温度だけ)











というわけで短編に票をいただきました。
ありがとうございます!
お相手のご希望がなかったので、海崎が妄想を膨らませまくって一番お兄ちゃん設定が萌えそうな恋次を選んでみました。

書いてみたら予想以上に萌えました。

海崎たぶんこの恋次超タイプです(笑)
というか一護はもともとお兄ちゃんだし、檜佐木さんはお兄ちゃんというよりはもっと色恋色恋してそうだし、一角さんはハゲなので←

ちなみに、お話のタイトルはすべて灰光さまからお借りしてます。
今回はこの素敵なタイトルから着想を得て、内容を考えお相手を決め、最後にアンサーソングならぬアンサータイトルをお話の最後につける、というやり方をとってます。



ルドベキア…正義






 





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